2006年10月27日

フレキシブルにサバイバル

 さて、ウィスラー生活もすでに3ヶ月が過ぎた。
3ヶ月前と変わったことは何だろうか。

 銀行残高が増えたこと。
食生活が充実しているので健康状態が良くなったこと。
仕事を教えてもらう立場から教える立場になったこと。
肉体労働で筋力がアップしたと思いきや、途中から要領を得てしまい元に戻ったこと(要は変化なし)。
寒くなって今まで以上に外に出るのが億劫になったこと。
外が寒いのに対して室内が暖かいので惰眠を貪るようになったこと。

 そういうことももちろん変化といえば変化だが、ウィスラーは日本人や韓国人が増えてきたというのが大きな変化だ。
その多くがスキーやらスノボをしながらウィスラーで働きたいという人たちなんだろう。
 ウィスラーの雇用状況がどうかというと、新聞の記事にもなるくらいとにかく働く人が足りないらしい。
これはウィスラーの景気がいいということではなくて、ウィスラーに来る人の数自体が減っているらしい。
人が来ないから景気はもちろん悪くて、人が来ないということは働く人さえ見つからない、という状態。

 関連して、社員食堂でジョブインタビューをしている人をよく見かけるようになった。
 そこで一人の日本人女性に出会った。

 彼女は以前ワーホリでカナダに来てホテル系の学校へ行き、ウィスラーフォーシーズンズ創業時に働いていたことがあったらしく、今回こっちで結婚してそろそろ何か仕事をしようと思ってまた面接に来たという。
小一時間いろんなことを教えてもらったが、印象深かったのが「大丈夫、生きてけるから。」と何度も言っていたことである。
例えば、「そろそろウィスラーじゃなくて他の都市に行こうかと考えているんですけど、この時期にどこかおすすめの場所はありますか?」と聞くと、「そうね、スキーもスノボもしないんだったらウィスラーにいちゃダメよ。でも冬のカナダってどこいっても景色一緒だからね。雪と植物しか視界にないじゃない。スキーしないのは厳しいわね。冬のカナダにいちゃいけないわ。そうだ、イエローナイフなんてどう?あそこはもう氷の世界だからスキーとかのレベルじゃないしいいんじゃない。これからオーロラで観光の仕事もあるだろうし。」と言っていて、「イエローナイフってバカみたいに寒いところですよね。」というと、「大丈夫よ、友達が数ヶ月イエローナイフにいたけど生きてたから。」という具合だった。
「寒いのはちょっと。。。」と言うと、「バンクーバー島なんてどう?」と言われて、「あんまり田舎も。。。」と私が言い、「あそこは私も住んでたけど大丈夫、生きていけた。」と結局最後は生きていけるかいけないかの話になるわけです。

  日本から海外に移住する女性というのは生活できるか生活できないかではなくて、生きていけるか生きていけないかというもっと原始的なレベルにプライオリティを置いてサバイバルを楽しんでいる人なのだと知ったのでした。


 話は変わって、昨夜は日本についてよく語った。

 ある国ではアルコール中毒が社会問題になっていて、仕事などもちろんせず、あり金が尽きるまで酒を飲み続け、その後テレビや冷蔵庫や家具なども売り払って酒を買って飲み続ける人たちがカントリーサイドにいて問題になっているらしい。
 近年政府が出生率を上げるために2人目以降の子供が生まれたら援助金を支給する政策を発表したが、彼はこれがまた問題を悪化させるんじゃないかと心配している。
 要は、アル中の親が子供を作っては援助金をもらい、お金だけ手に入れたら子供を捨てるというのを繰り返すだろうと。

 で、社会問題なら日本も負けてないぞと思ったので高齢化社会から日本人の国民性までわかりやすく説明した(つもり)。


Q 日本の問題って何だ?

A 日本は深刻な問題を抱えている。
高齢者ばかりが増えてしまって労働者がいないのだ。

Q 子供を作ればいいじゃないか。

A 日本の若者は子供を作りたがらない。
金がかかるからだ。
子供に金をかけるよりも、自分のために使いたいと思う人が増えている。

Q 政府が援助金を出して出生率を上げればいいじゃないか。

A 無理だ。
日本政府は深刻な財政赤字だ。
まず何よりも高齢者の社会保障に大金を費やさないといけない。
それから公共事業にも大金をいまだに費やしている。
これは必要のないものだと誰もが知っているのにだ。
若者のための費用は残ってないわけだ。

Q じゃあ外国人労働者を大量に雇えばいいじゃないか。

A それも難しい。
日本政府は外国人を受け入れたがらない。

Q それは差別じゃないか。

A その通りだ。
完全な差別だ。
日本は閉鎖的な社会なんだ。
それは多分日本が島国だからじゃないかと思う。
外側からの進入に対してヒステリックなわけだ。
自分たち以外のものが怖くてしょうがないんだ。
第二次世界大戦で日本が負けたときも原爆で終了だった。
日本国内には実際侵攻されていない。
もしこれが日本じゃなかったら原爆であきらめないで、本土決戦までもち込まれてもまだ戦い続けたはずだ。
そして神風だ。
もう日本はあまりの怖さに正気を失って自殺行為に走ったわけだ。
しかも神風を命じられたのは10代の若者だ。

Q 日本政府は若者を大事にしない政策をとっているのか。
若者が嫌いなのか。

A そうかもしれない。
政治政策を作ってるのは年をとった連中だからだ。
自分たちには害が及ばないような仕組みになっている。

Q それは確かに深刻な問題だ。

A その通りだ。


 というような話をしていてものすごい閉塞感におそわれた。
決して日本を危ぶんでいるわけではない。
日本がどうなろうと私はどうでもいい。
ただ景気の回復や雇用の回復は日本を覆う閉塞感とは無関係なような気がした。


そして話は日本文化にまで及んだ。


 柔道というのは素晴らしい日本文化じゃないか。
柔道の「道」は「ウェイ」という意味だろ。
「柔」というのは何だっけな。
そうだ「フレキシビリティ」だ。
冬の大木の話を聞いたことがある。
柔軟性がなければ冬の大木は雪の重さでつぶれてしまう。
フレキシビリティがあるから雪を受け止めて生き続けるんだろ。
日本人はフレキシブルな人種じゃないのか。

 と言われて、文化が世界に広がるためにはフレキシビリティが必要だという当たり前のことが改めてわかった。
柔道にはフレキシビリティがあった。
相撲をはじめ伝統古典芸能にはフレキシビリティがない。

 そして、寿司はフレキシビリティを偶然にも備えたすばらしい日本文化だとわかった。
もし寿司というのが一つのメニューに固定されていたら寿司が世界に広がることはなかっただろう。
具材が何であろうとお米と海苔で包んでしまえばすべて寿司になると海外の人は考えた。
文化とはあくまで方法論や考え方であって、カリフォルニアロールやBCロールはフレキシブルな日本文化を象徴していると思った。


 もちろんこういった会話が英語でスムーズに伝えられるわけもなく、しどろもどろになりながらブロークンイングリッシュをさらにブロークンにしたような英語もどきで必死に伝えたに過ぎない。

 よくわからないが、語学というのは「伝えたい」という気持ちと「知りたい」という気持ちがあって初めて先に進むんじゃないかと悟ったのでした。


ж 困った。来月から住む家がない。。。
posted by da-i at 04:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

最近できた新しい趣味。

 またバンクーバーに遊びに行ってきた。
目的は一つで、髪を切ること。
とにかく「普通の髪型」にしたかった。
この2ヶ月は誰に会っても「切る前の方がよかった。」という本当に正直な意見を言われ、そのたびに心の奥では傷付き、というのは嘘で、そんな歯に衣着せぬ友人たちが多分私は大好きです。

 で、いつものようにバンクーバーの専属美容師Chikaさんに今回もお世話になった。

 来月の初めにはバンクーバーを離れて、少し旅行をしたあと、日本に帰ってしまうことがわかり、当分切らなくても大丈夫なようにショートにしてもらった(ちなみに写真はとまこさんのMixiに掲載許可しました)。
こんなに短くするのは小学生以来かもしれない。
私の人生の第一次モテ期だった小5の再来を期待してしまいそうになりながら、カット終了後に「これでもう会うのも最後になりますね。こうして出会ったのも何かの縁なので。。。」みたいな男として最低な誘い文句で夕食に誘い、いろいろ話を聞かせてもらった。
海外で出張美容師をするということがどういうことなのか知りたかったのだ。
最近できた私の新しい趣味とは、「人の話を聞くこと」なのだ。

 Chikaさんのカナダ滞在は1年2ヶ月。
JPCanadaに出張美容師で書き込みをするところから始めて、最終的には月に80人くらい(1日最高8人)のお客さんを切るようになったカリスマ美容師です。
一見、ものすごく謙虚な姿勢で淡々と仕事をしている、という印象だが、その裏には美容師のみが知る「苦しみ」のようなものがあることを私は教えてもらった。

 初めてのお客さんももちろん緊張するけど、2回目3回目とリピーターになってくださったお客さんは回が増すごとに緊張します。
1回目で満足してくれた方は、2回目はもっと高い満足度を求めてくる。2回目でまた満足してくれた方は、3回目はまたさらに高い満足度を求めてきて、私はお客さんの要求するレベルをいつも満たさないといけないからプレッシャーがものすごいんです。
リピーターのお客さんの予約が入るたびに本当は胃が痛くなるんです。
どこかでボロが出るんじゃないかと毎回ビクビクしてます。

と言っていた。

 私が日本で営業の仕事をしていたときは、初めて会うお客さんが一番緊張した。
でも1回会ってしまえばあとは何回会おうが1回目の緊張を超えることはなかった。
しかし、これは間違いだったことがChikaさんの話を聞いてわかった。
そういうプレッシャーと影で戦っていたからこそどんどんお客さんが彼女についていったのだ。
ご飯を食べにダウンタウンを一緒に歩いているときも、「あの人私のお客さんかもしれない。あ、似てるけど違った。」と視線がうろうろしていて、「道でお客さんに会ったときどうしていいかわからなくなるんですよ。カットのときは愛想がいいけど道であったら無視された、みたいに言われるのも怖いですし。」と言っていて、実際見つけたときはしっかり挨拶をしに行っていた。

 日本人以外のお客さんからの予約も週に数件入るんですけど、このプレッシャーがホントにつらかった。
最初は簡単な英会話で済むんだけど、回を増すごとにだんだん話の内容が深くなっていくのが自然じゃないですか。
一生懸命会話についていかないといけないから途中で手が止まってしまったりしてカットどころじゃなくなってくるんです。
黙って切るのも変じゃないですか。
考えれば考えるほど自分がどこをどう切っているのかがわからなくなるくらい緊張する。
これもまた胃が痛くなるんですよ。

と言っていた。

 彼女は日本人以外のお客さんとしっかりコミュニケーションをとれるようにするために、途中でチューターを雇って英語の勉強を始めたそうだ。
英語が必要だから英語を勉強する。
英語の勉強というのは本来こういうものなのではないかと私は思った。


 お客さんと話をするときは、お客さんの意見が絶対なんです。
お客さんの意見にちょっとおかしいなと思うことがあっても、絶対に反論しない。
自分の考えをお客さんの考えの側に追いやって、自分をお客さんの側にもっていくんです。
自分の意見はお客さんの意見と同じだと自分を信じ込ませる。
自分を洗脳して追いやるんです。

 みたいなことを言っていて、さすがにやりすぎではないかと思ったが、これが彼女のやり方で、ここまで徹底していたのかと驚いた。
お客さんと美容師の関係は、昔の妻と夫の関係なのだ。
昔の妻は夫の言うことに従い、半歩後ろを歩き、家庭内における父権を守り続けていた。
もうそんな女性は白黒テレビと共に絶滅してしまった。
一時期、「タメ口」でお客さんに話をするショップの店員がたくさんいたが、あの人たちはどこへ行ってしまったんだろう。
当たり前だが、フレンドリーなだけではモノは売れないのである。
信頼を得るとはそういうことではない。

 私は以前JPCanadaの彼女のスレッドを見て驚いたことがある。
100以上書き込みがあるのに悪口や荒らしが全くないのだ。

 ホントに毎回JPCanadaを見るたびに怖かった。
いつか何か書かれるんじゃないかと思って。
100までいっただけで私は幸せです。
結局最後は叩かれちゃいましたけど。。。

 最終的に彼女はJPCanadaの広告掲載を終了させた。
予約の数が莫大な数になってしまい対応できなくなってしまったからだ。
その数何と1日20件。
彼女はパソコンを持っていなかったので、メールチェックが頻繁に出来ず、お客さんへの返信が滞ってしまったのだ。
そして予約のメールを送ったお客さんから苦情をうけてしまった。

 毎回メールの返信をするときもどんな文章がいいかいつも悩むんです。
最後の広告掲載終了の文章なんかは、5行くらいの文章なんだけど友達に相談したりして2〜3時間はかかった。

 みたいなことを言っていて、そういうのはとても彼女らしい。
これでお客さんから信頼されないわけがない。

 日本帰国に関しては、「やっと決心ができたんです。」と彼女は言った。
彼女のバンクーバーでの1年2ヶ月は、この一言が言えるようになるための1年2ヶ月だったのだ。
彼女は一度辞めた美容師をまた続けていくことを決心したのだ。
私にはこれしかない、と。

 今の時代、男よりも女の方が決断する機会が多い、というようなことを聞いたことがある。
それは本当だと思う。
なぜなら男はいつまでたっても社会性から自由になれないからだ。
理由は簡単で、本当はその不自由な社会性に守られて生きていて、本音では自由になろうなんてこれっぽっちも思っていないからだ。
女はリスクを負って社会性から自由になろうとしている。
男が女にかなうわけがないのだ。

 いつになるかはわからないが、日本に帰ったらまた彼女に髪を切ってもらおうと私は決めた。
そのときまでしっかり髪を伸ばしておこう。
最近夢中だと言っていたヒップホップダンスも今度はちゃんと見せてもらうのだ。


ж 帰国するにあたって、やっぱり私は前の仕事が好きだとわかった、みたいなことを言う人が本当に多い。
それに対して私はそんなことを全く思ったことがない。
「その仕事が好き」とはどういうことなのか最近よく考える。
別れたあとに「やっぱり私はあの人のことが好きだとわかったの」というときの「好き」と「やっぱりあの仕事が好き」というときの「好き」は同じものなのだろうか。

 ナイチンゲールの話を友人から聞いた。
ナイチンゲールは戦場で負傷し生死を彷徨っている人たちから「あなたがいなければ私は死ぬ」という極限の頼られかたをし、「私がいないと彼らは死んでしまい、私は彼らから必要とされている存在なのだ」という極限の充実感を看護の仕事を通して得ていた、という話。

 もしナイチンゲールの上司がイヤな奴で、ナイチンゲールに「看護婦はたくさんいる。お前がいなくても変わりはいくらでもいるんだ。」みたいなことを言っても、ナイチンゲールは看護婦を続けただろうか。
 もしナイチンゲールの担当する患者がイヤな奴で、看護してもらって当たり前、みたいな態度をとる奴ばかりでもナイチンゲールは充実感を得られるのだろうか。
 やっぱり私は看護婦の仕事が好きだと思えるのだろうか。


ж 村上龍の新刊がとても読みたいです。

タイトル − 「わたしは甘えているのでしょうか?」

 この世の中はどこまでもお金持ちに有利になっているのでしょうか?と誰かに聞 かれたら、あなたはどう答えるだろうか。そんな質問は、わたしが子どものころ は表 だっては存在しなかった。貧富の差は昔からあったが、高度成長のころは日本全体が急激に豊かになっていったので、一億総中流という言葉に象徴される「一体感」 によって、不安や不満や羨望や嫉妬や怨嗟の声は目立たなかった。現代は違う。無視できない数の人びとが、経済的格差による生きにくさを感じている。日本社会が成熟したことによって経済的格差が発見され、唐突に姿を現したのだ。 しかも、経済力以外にどういう価値観があるのか、経済的に恵まれない人はどう 生きればいいのかを社会は示そうとしていない。マスコミに登場する識者がおもに語 るの は政治・外交・経済などいわゆる天下国家についてで、多くの個人が抱える「バカバカしくも切実な悩み」は無視されているように見える。天下国家を語るのは重要だが、天下国家を下支えしているのは無名の「個人」であり、その多くが毎月の生活費や職場での人間関係や就職・転職などでトラブルや悩みを抱えているのである。この本は、そういった「バカバカしくも切実な悩み」の相談と回答を集めたものだ。回答を示すのは簡単ではなかった。自分の情報と知識と想像力を総動員して答えなければならなかった。できるだけ優しく対応したつもりだが、現実と反することを言って慰めたり、不毛な精神論でごまかして叱咤激励したり、非合理な楽観論で甘やかしたりするのは徹底して避けた。悩みやトラブルへの対処は、まず現実を直視することから始まる。そこにはさまざまな不公平や矛盾があるが、とりあえず最初の一歩を踏み出すためには、もっとも深いところで自分自身を肯定することが必要だ。そういった過程では、「元気に頑張る」よりも「とりあえず生き抜く」という価値観がより重要になるのではないかと思う。

村上龍 はじめにより


ж あと「GooGooDolls」が11月にバンクーバーでライブをやるそうなんですが、誰か詳しい情報知らないですか(最近の曲はイマイチだけど。。。)?


posted by da-i at 05:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

Crazy, over the rainbow, I am Crazy♪」


 風邪をひいてしまった。
熱いのか寒いのかよくわからない気候に体が対応できなかったらしい。
風邪をひいて寝ているときにいつも思うのは、どうして体が弱っているときというのは、なぜか頭が良く働いて昔の思い出やら古い記憶がよみがえってくるんだろうということ。

 繊細なセンスをもつ芸術家などは、少しの変化にも過剰に敏感なため、病弱な人が多かったり、すぐ風邪を引く人が多いと聞いたことがあるけど、考えてみればそういう人たちで幸せな人生を送った例はあまりなく、とにかく苦しい毎日を送っているうちに精神を病んだりして、最悪の場合自殺してしまったりするので、体が丈夫なのにこしたことはなくて、要は風邪など引いているうちはまだまだなのだ。

 鼻水が出て、喉が痛くて、でも咳はでない、という典型的な風邪の初期症状だったので、寝れば治るだろうと思っていたけど、朝起きたらひどくなっていて、しょうがないから何もしないよりはましだと思って、手持ちの正露丸糖衣Aを「病は気からというじゃないか。薬も気からなのだ。だからこれは風邪薬だ。これは風邪薬だ。これは風邪薬だ。。。」と自分の脳をだましながら1日飲んでみたけどやっぱりなおらなくて、結局風邪薬を人からもらって回復しつつあるところです(Shinoさんありがとう。それから名前を聞くのを忘れたけど元ナースの方もありがとう。薬が効いたのは多分あなたの的確な処方箋のおかげです。薬の中にセフアレキシンが含まれているとアレルギー反応起こすんですけど大丈夫ですか、と聞いたときに、それは抗生物質でこの薬には入ってないから大丈夫よ、とやさしく諭してくれたあなたは完全にナースでした)。

 
と、天使のように優しいのが日本人女性の特徴ですが、この前みんなで話してて、どこどこで働いている日本人の女性がHotだ、みたいなことをみんな口々に言っていて、「日本語が喋れる日本人のオレが羨ましいだろう」と私は口では言いながら何か淋しさを感じた。
 この淋しさは何だろうと考えたら、日本企業が外資に買われる淋しさと同じじゃないかと思った。
 日本人女性は可愛い、みたいなことを言われるたびに淋しい気持ちになる。
 日本のあの会社はお買い得だと言われている気分になる。
 素晴らしい女性を日本人以外の男にもっていかれるのは、トヨタ自動車やNECが買収されるのと同じくらい淋しい。
 日本の大事な資産を奪われているのである。
 反対に、日本人の男は外資に相手にもされず淋しいを通り越して哀れで無力な域に達している。
 世界から置き去りにされているのである。

 そういうことを考えていたら、何もする気が起きなくなったので、「PinkFloyd」の「TheWall」のプロモーションムービー(1時間半くらいあって、アルバム「TheWall」のすべての曲で1本の映画がつくられた大作)をひたすら繰り返し見ていて、戦死者やら独裁者やら愚かな大衆やら神経衰弱者やら奇妙な化け物のアニメーションと憂鬱な音楽やらに侵され、1日中「Crazy, over the rainbow, I am Crazy♪」という最後の大合唱が頭から離れない病に今度はかかったのでした。
 

 話は変わって、一昨日は仕事に行くと、「ミーティングがあるから言ってこい。」と言われて、「何ですかミーティングって?」と聞いたら「マネージャーミーティングだ。」と言われて、突然マネージャーミーティングに参加する機会を与えられた。
 「あの突き当りの部屋だ。」と言われて、「ところで何をすればいいんですか?」と聞いたら、「何か聞かれるから何か答えればいいんだ。」という人をバカにしたような最高にシンプルでありがたい助言をいただいてミーティングに挑んだ。
 会議は総勢15名ほどで、全デパートメントから一名ずつ主席して問題がないか話し合う、といった内容だった。
 うちのデパートメントに関しては、先月フロアが水で濡れていたために、1本数十万円するワインを何本か抱えて運んでいたウェイトレスが転んで割れたボトルで怪我をした事件を取り上げられ、今後はフロアをクリーンでドライな状態に保って、モップをかけた後は「滑りやすいので注意。」という看板を立てておきます、ということで問題なく済んだ。

 一番盛り上がった話題は、サウジアラビアのプリンスの話だった。
 サウジアラビアのプリンスが今年の12月から来年の1月にかけてこのホテルに泊まりたいと予約をいれてきたらしいのだが、プリンスなだけに一人で泊まりに来るわけがなく、60〜70人くらい連れていきたいと言ってきたらしく、「勘弁してくださいよプリンス、さすがにこの時期になって年末年始の団体予約は厳しいですわ。」ということで、「じゃあ今月来月なんかどうですか?」と聞いたら「今はバケーション中だから無理。」とわけのわからないことを言われ、「じゃあ来年の夏ごろはどうですか?」となって、夏に予約が入ったらしい。
 「プリンスがホテル内を動くときは常に十何人とお供を連れて動くから気を付けないといけないね」とか、「ウィスラーにはプリンスが夏に来て楽しめるような場所がないからどうしようかしら」とかだんだん話の趣旨がずれていって楽しかった。
 学校の授業でやるディスカッションなんかは本当におもしろくなくて、なんて意味のないことをやっているんだと思ってしまうけど、こういう仕事のミーティングは楽しいなと思った。
 やはり私は学校に通うよりも働いているほうが向いてると思った。
 ミーティングが終わったあとに、「あの真ん中に座って会議を進めていた人は一体誰だったんですか?」と隣の人に聞いたら、そんなことも知らないのかという顔で「あれがジェネラルマネージャーだ。おぼえとけよ。」と教えてもらったのでした。


ж アレックスがデイオフで今朝バンクーバーに遊びに行った。
「ガールフレンドに会うんだ。」と言っていて、「そんな話は聞いてないぞ。」というと「正式にはガールフレンドじゃない。」などとわけのわからないことを言い出して、「じゃあ誰なんだ?」と言うと、「メールはたまにしてるけど、まだ会ったことがないから知らない。」と本当にわけのわからないことを言っていた。
てっきりロシア版の出会い系サイトにでも登録していて、それでよくメールがしたいから私のパソコンをよく貸してくれとせがんだりしていたのか、カナダに英語を勉強しに来てまで頭の中は美白のロシアン美女でいっぱいの何てスケベなヤツなんだ、と勘違いしそうになったけれどもちろん違って、留学する前に留学とはどういうものなのか知りたいから実際留学している人の話を聞きたいと留学エージェントに頼んで紹介してもらって連絡先をもらった人で、それ以後も連絡を取り合っていたらしくて彼女がもうロシアに帰るというので1回会いましょうということになったらしい。
まあ根底的にはやっぱりスケベな話である。
早朝5時のグレハンに乗っていくあたり気合の入り方がいつもと全然違ったアレックスは、笑顔で帰ってくるのだろうか。
それとも。。。


ж 金曜にバンクーバーに行きます。
 私には密に会う女性などいないので、ただ髪を切るためです。
 二度とカナディアンに髪を切らせるわけにはいかない。
 この教訓は後世代々まで前島家の家訓として伝えていくつもりだ。
 Chikaさん今回もよろしく。
posted by da-i at 04:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

ウィスラーに来たら、山頂の雪を確かめに行こう

先日のデイオフでやっと念願の山登りに出掛けた。
選んだ山は前回途中で引き返してきたBlackcombの山で、一人で登ろうと決めていた。

 個人的な衝動で、本当に見たい風景は一人で見なければいけない。
二人で行けば風景は二人に分散してしまい、三人で行けば三人に分散してしまう。
これはラジオの深夜番組と同じで、一人で夜中に聞いている時あれほどおもしろいと思ったものが、録音したものを友人達と一緒に聴くとちっともおもしろくない、というのと同じ理論なのだ。

 「じゃあ今日はこれから山でも登って山頂からの夕日でも眺めてこようかな」と午後3時頃言うと、「今から登らないと間に合わないぞ」と言われ急いで登り始めた。
というのは嘘で、まだ大丈夫だろうとしっかり食堂で腹ごしらえをして、今回は一人だからカメラが必要だな、と気付いてデジカメの代わりに使っている日本の携帯を取りにまた部屋に戻ったりしているうちにどんどん時間が経っていった。

 結局登り始めたのは4時過ぎで、肌寒くなっていた。
それでもi-podに詰め込んだB'zを聴きながら意気揚々と鼻歌を歌いながら順調なスタートを切ったのである。

 「熱き鼓動の果てに何が待っているんだろう♪」と稲葉が歌えば、そうかこの山を登りきって頂上にたどり着いたら何かが待っているわけだなと勇気が出てみたり。

 ちょっと息が切れかけた頃に、「熱いジュースふり絞る♪ぶっ倒れるまでやりきる♪」と稲葉が歌えば、そうだなたまには汗かいて何か成し遂げてみるのもいいなと元気になってみたり。

 「荒野を走れ♪どこまでも♪」と稲葉が歌えば、ちょっと時間も押してるし軽く走ってみるかと思ってみたり。

 「ねがいよ叶えいつの日か♪そうなるように生きていけ♪」と稲葉が歌えば、ねがいを叶えるためには何かねがいを持っていないとそうなるように生きていくこともできないし、叶えることもできないんだなと納得してみたり。

 2時間くらい登ってもまだ先が続いてるときに「まだイヤだ僕は帰りたくない♪」と稲葉が歌えば、ここで引き返したら男じゃないなと頑張ってみたり。

 3時間くらいかけて頂上付近の平野に出たときには、「美しき世界♪」と稲葉が歌う前に、私が「美しき世界♪」と鼻歌を歌っていた。
そこには花が咲き、川が流れ、「臨死体験の人の見た夢」のような風景が広がっていたのだ。

 頂上に着いたのは午後7時をまわっていた。
念願の夕日はというと。。。見れなかった。
間に合わなかったのだ。
最悪の場合登っている途中で見れるだろうと思っていたのも甘かった。
登山コースが山の裏側にあるので何も見えないのだ。

 そしてここから恐怖が始まる。

 振り返れば、「こんなところまで来てしまったのか。」と驚き、道なき道を見ては「こんなところをどうやって登ったんだオレは。」と驚ろき、ちょっと日が暮れてきたなと思った瞬間からまたたく間に暗くなってきて、「やたら寒いし、暗いし、帰れるのかオレは。。。」と不安になった。
 驚きと不安は恐怖を生むことを学んだのだった。

 具体的な恐怖を一つ挙げると。。。道が見えないのだ。
「あ、死ぬかも。」と本気で思った。

 大学時代にどこか遠くの湖まで高速を使わずに下の道を使って山道をひたすら走ったのを思い出した。
ひたすら山を5つくらい越えたのだ。
あのときも道なき道を「366号線366号線366号366号366号366366366366」とただそれだけを呟きながら真っ暗な山道をとにかく急いだ(錆びて傾いた366号と書かれた標識を見つけるたびにこれが途中で違う数字に変わってたら終了だなと思った)。
少し迷いながらバスについていったら行き止まりで引き返すはめになったり、山の中で突然ライトに照らされた交通事故防止のための幼子の人形の列に心臓が止まりそうになったりした(多分あの人形で驚いて事故る人多発なんじゃないだろうか)。

 そのときは、車に乗っているしライトもあった。
が、今回は車もライトもない。
おまけに歩いているとガサガサと森の中から物音が聞こえるのだ。
もちろん闇の中で何も見えない。
「熊熊熊熊熊熊熊熊熊熊熊熊熊熊。。。」という頭の中のリフレインを何とかやめさせようと必死で戦った。

 
 「FridayMidnightBlue♪帰りたいよ早く♪」と稲葉が歌えば、金曜じゃないけど本当に早く帰りたいです、とつくづく感じたり。

 「そんなに怖いんならそいつを利用してごらんよ」と稲葉が歌えば、できれば利用したいんですけどどうしたらいいですか?と問いかけてみたり。

 「近寄らないでおくれ♪もう痛いのはごめんだ♪」と稲葉が歌えば、あのガサガサいってるのが近づいてきたらやっぱり痛い目にあうのかな、とますます不安になったり。
 
 「出会い別れ土に埋もれ♪日が沈むように死んでいく♪」と稲葉が歌えば、こんなときに何て縁起でもないことを言うんだお前は、とちょっとB'zが嫌いになったり。

 NativeDanceの間奏とエンディングのあの先住民大合唱では。。。

 
 と、一人でパニックを起こしながら命からがら3時間かけて下山に成功したのだった。

 写真を撮るために持っていった日本の携帯は登ってる途中でいじってて電池がなくなってほとんど写真は取れなかったし、帰り道でライト代わりに照らしていたFidoの携帯も途中で電池がなくなるし、Fidoに関しては確かに私は金払いも悪いのでこういうときにこうやって復讐されるんだなと納得できたが、Docomoに関しては何も思い当たらないので日本に帰っても絶対に許さないぞと心に誓った。

 
 だが一つだけわかったことがある。

 ウィスラーの山の頂上に雪など残っていないのだ。

 あれはすべて白い岩である。
 
 また、山頂に山小屋のようなものが見えるかもしれない。

 それは小屋ではなくただの錆びたアンテナなのだ。
 
 ほうら、ウィスラーの山々の頂上は夏でも雪がのこってるんだぞう、などと得意気に語っている人たちは何て無知なんだろう、とうことではなくて、私は本当かどうか真実を知りたい性格で、単純に「知ること」が好きなのだ。

 「世界を知ること」の本当の意味は、世間一般に信じられていることではなく、「真実を、本当のことを知ること」なのだ。

 騙されないために私は山に登ったのである。


ж 登山家の誰かが言っていた、「頂上が見えているのにどうしても引き返さないとリスクが大きい、というとき引き返す決断をするのに一番勇気がいる。死んじゃったら意味がないから」という言葉の意味が山頂付近でちょっとわかった。
 多分私は明るいうちに途中で引き返すべきだったんだろう。


ж 仕事の話ですが、おかげ様でとりあえず2ヶ月で昇給しました。
 「どうしてオレがいろんな仕事を他の人じゃなくてお前に頼むかわかるか?信頼してるからなんだぞ。」みたいなことを面と向かって言われちょっとうれしかったのでした。
 そして現在のマネージャーは2ヶ月の出張に出掛けていった。
 戻ってくるのは12月。
 その頃まだ私はここで働いているのだろうか。
posted by da-i at 03:52| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月03日

Rich Dad in Whistler の秘密

約一ヶ月くらいバケーションを取っていた「ウィスラーの金持ち父さん」ことSatoshiさんがこの前戻ってきた。
そして彼の昼休憩時を狙って、いろいろ話を伺ってしまおうと突撃取材に成功した。

「いやもうここに来て2ヶ月経っちゃいましたよ。」と言ったら、「いつまでここで働くんだ?」と聞かれ、「英語の伸び方次第ですね。あまりに伸びないようならすぐ辞めます。」と言ったら「そりゃそうだな。この環境では難しいかもな。」みたいなことを言われて、「しっかり期限を決めて、自分の人生の5年先、10年先を見て動けよ」と言われた。

 あそこで客の荷物を運んでる人がいるだろ。あの人何年ホテルで働いてるか知ってるか?17年だぞ。17年間客の荷物を運び続けてるんだぞ。信じられるか?オレにはそんなこと絶対出来ないね。お前できるか?
 で、あそこで昼飯食ってる人いるだろ。あの人たち朝ここの食堂で食べて、昼もここで食べて、夜もここで食べて、休みの日までここで食べてるんだぞ。世界が狭いよな。そんな卑しい人たちがこのホテル仕切ってるマネージャーなんだ。どうしょうもないよな。ホテルっていうのは従業員全体の5%くらいの人たちで全部動かしていて、その下にいるマネージャー陣はああいうどうしょうもない寄生虫みたいな人たちなんだ。
 こういう人たちがウィスラーに来ちゃったから今までウィスラーに住んでいたオレの友達なんかはみんな出てっちゃったよ。新しく来る人はみんなお金儲けが目的だからな。スキーもスノボも全然知らない人たちばっかだよ。困るよな。

 みたいな毒舌もちゃんと絶好調だった。
 「あ、スキーもスノボも全然興味ないです僕。それってよく考えたらウィスラーに対する冒涜ですよね。」とはもちろん口が裂けても言えなかった。

 「まあこう見えて金の心配はとりあえずのところないからいいんだけどな」みたいなことを言っていたので、「ところで最初何で稼いだんですか?」と聞いたら、「ツアー会社を作った。」と言っていた。

 なるほど、起業して稼いでその利益を元手に不動産取得のパターンか、とやっと判明した。
 
 オレ明日社長やれって言われたら、はいわかりましたって出来るし、明日レストラン開けって言われても、はいわかりましたって出来るし、服屋やれって言われても出来るよ。それだけの経験をしてきたから。うちの嫁さんもインターネットで投資どうのこうのでちょこちょこ稼いでるみたいだし。例えば今回のバケーションで日本に行ったんだけど、デザイナーの友達がファッションショーで使った服をオレにくれるからカナダで売ってくれみたいな話もあってこれはちょっと本気で悩んだ。他にも。。。

 みたいな話を次から次へとされたとき、ああこの人にはひっくり返っても敵わないや、と思った。

 「別にもう働かなくていいんじゃないですか?」と聞いたら、「まあそうなんだけど4年位前にスキーで大怪我をしてそのリハビリで働いてるんだよね」、と言われて、「は?」となった。
 「右の鎖骨がさあ。。。」と言われて、「ああ折れちゃったんですか?」と聞いたら、「いや、折れれば全然問題ないんだけど、骨が強すぎて折れずにそのままズレてむちゃくちゃになった。で、ほっといたらそのまま治り始めて、今でもここんとこ出っぱってるんだ。」と見せてくれて、「皿洗うときに、こうスプレーを右手でもってこう動かすだろ。これがいいリハビリになるんだよ。」みたいなことを言っていて、「そういえば大学のときにサッカーをしていて簡単に鎖骨が折れて全治6ヶ月を診断され入院までしてたんですよ僕(何と左側の鎖骨が2箇所折れ、1本が3本に体内で分解されたのだ)。」とは決して口が裂けても言えなかった。

 友達はたくさん作っておいたほうがいいぞ。ウィスラーで家を自分で建てたときもいろんな人が手伝ってくれた。スキーとかが好きでウィスラーにいるやつって夏場暇じゃん。直接キャッシュでバイト代出すから手伝ってくれって言ったらすごい集まってきた。彼らも普通にそのへんで働いたら税金やら何やかんやでもってかれちゃうからさあ。もちろん反対に手伝えることがあればオレも何かしてあげるし。そういうのっていいじゃない。

 と、喋り始めると止まらない彼の向かいに座った私は、完全に魅了されてしまった。

 そして、「あ、オレそろそろ皿洗わなくちゃいけないから(笑)」と颯爽と去っていく姿に完全にやられた。

 一番思ったことは、かっこいい人というのは勢いがあるな、ということ。
話の内容がおもしろいことはもちろん、何が違うのかというと、話し方がかっこいい。
テンポがよくて、エネルギーに満ちているのだ。

いろんな話をしてもらったけど、彼の現在の状況については大体把握できたので、若い頃の話も是非聞いてみたいなと思ったのでした。
今に至る軌跡が知りたいのだ。
もちろんあまりに貴重な話であればこのブログには書かないかも(笑)
実際今回も書いてしまいたくない内容は書いてないんだけど。


ж EBCのレベル2に通っていた頃の話。
 最後のプレゼンのテーマは「InTheFuture」。
 最終的には不動産を取得してRichになる、と語った私の評価はまずまずで、コメント欄にはエリックからおしゃれな一言が。
 「あなたが早くラットレースから抜け出すのを願っている。」
 株式投資に興味をもっていたエリックは、今も休み時間に株価をチェックしているのだろうか。


ж Satoshiさんは英語を喋るときも日本語を喋っているときと同じ感覚で喋っていて、そういう自然な感覚もかっこいいなと思った。
 日本語が英語みたいで、英語が日本語みたい。
 英語を喋るときに普段と違う何かいかにもな感じになるのが他人であろうと自分自身であろうと私はどうしても好きになれない。
 多分そのせいで英語の伸びが遅いのもわかっている。
 が、しかし。。。なのである。


posted by da-i at 06:57| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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