2006年11月30日

バンクーバーでは雪が降り、日本では井川遥が結婚した

ケイタ邸はとてもおもしろい。
ケイタ邸といってもケイタはホームステイなので私はホームステイ宅に勝手に転がり込んでいるわけである。
ご飯も一緒に食べている。
“意外と無茶苦茶するね”と友人に言われて確かにそうだなと思った。

先週はホームステイ宅のベースメント一帯がダメ人間の巣窟のような状態だった。
この家にはケイタ以外にマサ君、イバン、クリス、ユンジュと5人がベースメントに住んでいて、学校に行っていないケイタ、マサ君、イバン、私の4人は完全に昼と夜が逆転した生活を送っていた。
ケイタは大体本を読んでいて、マサくんは大体寝ていて、イバンはパソコンにむかい一心不乱に“Killing Time Killing People”と言いながら戦争ゲームを楽しんでいる。
昼過ぎに起きて“辛ラーメン”をすすり、まだ腹減ってないぞといいながら夕食に向かい、深夜1:00頃体力のあり余った我々は雪の降っている外を窓越しに眺めながらキャッチボールやサッカーなどを室内で自由に楽しんだりしていた。
こういう時間の過ごし方は嫌いではない。
みんなが自分の好きなことをしている。
何にも強制されていない。

 ウィスラーで働いているときに私は“自分のやりたくないことをすると人間の顔は歪む”ということを知った。
お金のために退屈だと言いながら働いている人の顔は仕事中ずっと歪んでいた。
そういう顔は見たくないと思った。
私の顔はどうだろうか、もしかしたら今私の顔は歪んでいるかもしれない、と思い始めてウィスラーを去った。


 バンクーバーに来てからまた多くの人たちと知り合った。
知らない人と一から関係を築いていくことはエネルギーのいることで、他人を受け入れる余裕も必要だし、何よりもモチベーションが必要だ。
モチベーションというのは外部に対する興味で、これがなくなったらつまらない人間になってしまう。

 カナダに来る前に、ネットワークマーケティングで生計を立てているという女性に会ったことがある。
ネットワークマーケティングというのは、人を勧誘して自分の下につけていけば収入がどんどん上がっていくビジネスシステムだが、決してねずみ講というわけではない、という仕事のことで、彼女はもう少しで働かなくてもそれだけで食べていけるところまできていた。
私は参加するつもりはなかったが興味があったので、やろうかどうしようか迷っているというふりをして彼女の下について話を聞いたり、たくさんの人を紹介してもらったりしていた。
“たくさんの人と出会ってきた人かどうかというのはその人と少し話をすればすぐわかる。人と接する仕事をしてるのかそうじゃないかもすぐわかる。出会いも少なくて毎日人と接していない人は死んだような人が多くて、私の仕事は人と一緒にお金持ちになっていく仕事だけど、そういう人たちとは仕事したくないから勧誘もしないわ。”
というようなことを言っていたのを覚えている。

 つまらない人間というのは自分の外の世界に興味をもたない人たちのことで、他者との出会いのない人たちを意味する。
新しい出会いが人を変え、人を魅力的にするというのは本当のことなのだ。


 話は戻って、ケイタ邸の滞在も今日が最後になる。
明日からはダウンタウンに住む。
私が入る部屋に現在住んでいるのはケンイチさんという人で、12月1日の便で日本に帰るらしい。
“鍵の受け渡しをどうしようか?”という話になって、“じゃあ面倒なんで前日入りしましょうか僕”ということになって1晩だけ同棲することになった。
前回お金を払いに行ったときは、“まあ外寒いんで上がってきますか?”と言われて、“はい”と言って2〜3時間話し込んでコーヒーを3杯くらいご馳走になった。

 またいろんな話を聞いてしまった。
ケンイチさんは27歳で、オーストラリアでワーホリをしたあとカナダに来た。
“オーストラリアとカナダと留学生のタイプは違いますか?”と聞くと、“オーストラリアのほうがみんな元気だね。アツい奴が結構いた。カナダよりオレはオーストラリアのほうが好きだなぁ。”と言っていた。
カナダですごい人とかおもしろい人ってあんまり会ったことがない、みたいなことを先日別の友人もこぼしていた。
本当にそうなのかどうなのかは私にはまだわからない。

 オーストラリアの写真をたくさんケンイチさんに見せてもらって、男同士なのでしっかり“この子かわいい。この子いまいち”みたいな話で盛り上がって、“この子かわいいでしょ”と見せられた写真には本当に美人が写っていて、“日本人じゃないですよね”と言うと、“タイワニーズ”と言われて、“やっぱりタイワニーズですよね”、“タイワニーズだねぇ”と意見が一致し、“台湾寄ってから日本帰ろうかな”と言われて、“僕もそうするつもりです”と言い、次回は“なぜタイワニーズはかわいいのか”で一晩語り合おう、などとバカな話をした。
たとえそれが写真であっても美女には男と男を仲良くさせる力もあるのだと知った。
もちろん美女は男と男を引き裂く力も同時に備えていることは言うまでもない。

 美女は男に影響を与える。

 井川遥の結婚報道は私に多大な影響を与えている。



ж  誰か引越し手伝ってください。。。
 







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2006年11月26日

メディテーションやらクレジットカードやら

 バンクーバーにいる実感がすこしずつ湧いてきた。

 先週今週とウィスラーの愉快な仲間たちがバンクーバーに遊びに来る際、私を訪ねてきてくれて、ここはウィスラーなのかバンクーバーなのかよくわからない状態が続いていた。

 具体的には、まずウィスラーからバスに乗ってバンクーバーに到着するとJung-hoがバスストップから手を振っていたり、その次の日にはJayというウィスラー仲間が“今バンクーバーにいる”と電話をかけてきたり、しばらくするとアレックスが“今ロブソンストリートを歩いているんだけど”と電話をかけてきたり、そういうのはうれしいと思った。

 Jung-hoがバンクーバーに遊びにくるときにいつも滞在している“メディテーションハウス”というのがあって、食事に誘われたので行ってきた。
一人では行きたくなかったので、ちょうどその日バンクーバーに来ていたJayと居候させてもらっているケイタを道連れにした。
“メディテーション”と聞いて、怪しい宗教にでも勧誘されるのではないかと思っていたが、勧誘はされないもののセミナービデオのようなものを見せられた。

 そこでは仕事が終わった後、今日あったイヤなことを忘れるために毎晩メディテーションハウスに足を運ぶサラリーマンの紹介や、今まで私は自分に自信がもてない暗い子だったが、メディテーションをするようになってまわりのみんなに最近何だか明るくなったんじゃないかと言われるまでに変貌を遂げたという地方の個人商店に勤める20代後半の女性の話など、とびっきり胡散臭いセミナービデオを低予算でお願いしますと業者に頼んだらこういうビデオができましたというような内容で、さらに韓国語音声の英語字幕という作りから、その胡散臭さレベルはさらに高く感じられ、夕食には何がでるのだろうか、そういえば韓国語で“おいしい”は何て言うのだっただろうか、出てきた料理を一口食べたら韓国語でおいしいと言おう、もし“おいしい”の韓国語がそれまでに思い出せなかったら代わりに何と言おうか、というようなことを考えていたらビデオは終わった。
何か質問は?と聞かれ、Jayとケイタと私は即座に全員一致で“No,Nothing”と答え夕食に向かった。

 
Jayというのは韓国人だがおもしろいことに日本語が喋れる。
在日韓国人というわけではない。
日本に交換留学生で1年滞在して日本語をマスターしたのだ。
たった1年で日本語がここまで喋れて理解できるようになるのかというくらい上手い。
どうやって日本語を勉強したのかを聞いた。
ドラマをみながらのシャドーイングで日本語が一番伸びたと言っていて、ドラマを何度も見ながら声を出して同じスピードでセリフを喋る、という動作を続けるらしい。
英語の勉強も同じことをすればいいんじゃないかと聞くと、日本語より英語のほうがはるかに難しいという話だ。

 
日本語が世界で一番難しい言葉、というのは誰が言い出したのだろう。
“日本語が一番難しい”という嘘は井の中の蛙的な島国根性を象徴していると思った。
世界中にはいろんな言語があって、似たような言語というのが存在する。
以前、日本語は何語に似てるんだ?と聞かれたことがある。
“ない”と私が答えると、“可哀想に、不運だな”と言われた。
今世界で話せると有利な言語は、英語とスペイン語と中国語だ。
投資家ジムロジャースも子供ができたらスペイン語か中国語を習わせると言っている。
となると、我々日本人は子供ができたら、英語もスペイン語も中国語も習わせないといけない。
“日本語は世界で一番難しい言葉だ”などと胸を張って言っている場合ではないのである。



ж 先日銀行から電話がかかってきてクレジットカードの作成がうまくいきましたとのこと。
 日本ではすでに会社を辞めていたので留学前に作ることができなかったクレジットカード。
 やっと手に入れたクレジットカード。
 カナダに信用され受け入れられた気分でいっぱいです。

ж メディテーションセンターではMinjiという韓国人留学エージェントの社長と会った。
 実は彼女とは半年くらい前に一度会ったことがあって、久しぶりの再会だった。
 EBCに生徒をよく送っていて、前EBCに通っていたLeeなんかも彼女の生徒。
 Leeは最近新しい彼女をまた作ってどうのこうのという話なども聞いたのでした。
 
posted by da-i at 10:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

銀行へ行ったり、チケットを売ったり、YouTubeを見たり。

バンクーバー友人ケイタ邸に滞在している。
ウィスラーを出て3日ほど経った。
仕事がない日々が新鮮で体力があり余っている。


バンクーバーに来て最初にしたことは銀行に行くことだった。
クレジットカードを作ろうと思った。

クレジットカードのない海外滞在というのは不便だと常々感じていた。
実際なければないでなんとかなるのもわかったが、あったほうが絶対に楽だ。
例えば、ホテルの予約を取ろうとしてクレジットカードがないために断られることはよくあることだし、レンタルビデオの会員証さえもクレジットカードの提示を求められて拒否される。

私はずっとこっちでカードを作ることは不可能だと思って諦めていた。
が、デポジットを入れれば作れるという情報を入手したので、本当なのかどうか確かめてみたかった。

もちろん交渉は英語では不利なので大人しく日本語窓口へ足を運んだ。

窓口で、“現在働いていなくてもある程度のデポジットをおさめればクレジットカードが作れると聞いたんですが本当ですか?”というと、“どこでそれを聞いてきたんですか!?”とまず驚かれて私はそれに驚いた。
表向きにはそういう情報は出していないらしい。

詳しく条件を聞いたところ、もう一つ条件があってそれは“ビザの残りが10ヶ月以上残っていること”だった。
“え、10ヶ月ギリギリないんですけど。。。”というと“何とかやってみます”と言われて裏に連れて行かれた。

そこではかなり詳しい経歴を聞かれた。
カナダにはいつ来たのかというところから始まって、今何してるか、ウィスラーで何してたか、その前はバンクーバーでなにしてたか、日本で何してたか、これから何をするのか、学歴はどうか、仕事はどんな経歴があるか、収入はいくらだったか、というようなことを質問され結局1時間近く話をしていたような気がする。

最後は“100%作成できる保障はありませんが、申請することは可能なので何とか審査に通るように頑張ってみます”というようなことを言われ“うまいこと書いといて下さい”と言って終わった。

銀行系のカード作成は厳しいのかもしれない。
“うまくカードが作れてずっと持っててもらえれば移民の申請のときその履歴が使えますよ”と言われて“移民かぁ。。。”と思ったのでした。
今のところ移民にはあまり興味がない。

 もちろん銀行へ行く際は白のタートルネックに黒のロングコートと、しっかりフォーマルな服装で挑んだことは言うまでもない。


もう一つはチケットを売ること。
ホテルで働いていたときに当選した“バンクーバーマリオットホテル宿泊券”にはもう一つおまけがついていて、それは“ウィスラー&バンクーバー間2名様往復バスチケット”だった。
宿泊券は売らないが、チケットは現金化しようと決めていた。

早速JPカナダで募集をかけた。
どしどしメールが来て交渉を楽しませてもらった。
正直私はいくらで売れようが構わなかったが、安売りはしたくなかったし、何より交渉を楽しみたかった。
原価どのくらいのものがどの程度の値段で相手の興味をひき、どの程度の値段で買っても良いかなと思わせることができて、どの程度で即決と言わせることができるのか、みたいなことを楽しんだ。
同じ値段を提示するにしても言い方を変えるとこういうふうに相手の反応が変わるのか、など勉強させてもらった。

こういうのを嬉々としてやるのは他人にはわからない楽しみなのかもしれないと思ったりした。

結局散々楽しんだ挙句、居候させてもらっているケイタの友人に安く売った。
彼は来月奥さんがカナダに来てメキシコに帰る前に一度ウィスラーに夫婦で行きたいと行っていた。

なぜこのチケットが欲しいのか、という質問を購入希望者に聞いてみても面白かったかもしれないとあとになって思った。



さらに、ウィスラー生活と大きく違うことは、バンクーバーではインターネットがずっとつながるのだ。
前々から気になっていた“YouTube”を半日くらいかけて始めてしっかり見た。

http://www.youtube.com/watch?v=mreEeprTVXw

というような懐かしいものを発見したりして一人で興奮していた。

そして私はYouTube上の動画が欲しいと思った。
何とかダウンロードができないものかと思った。

友人に聞くと、そういうソフトがあるらしい。

早速ソフトを見つけてもらって、ダウンロードを試した。

すんなり成功した。

YouTubeもすごいと思ったし、そういうソフトが出回ってるのもすごいと思ったし、何でもありの世界じゃないかと思った。

インターネットで動画を見る際、“YouTube”の画面の大きさ、画質、などが動画の基準に今後なっていくんじゃないか、という話を聞いた。

それには私も賛成した。




ж 未だに次に何をするのかが決まらない。
  月末にはバタバタといろいろ変化があると思うのでそんなに絶望的な気分ではない。













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2006年11月19日

エゴ+少しエッチ+α=人間

今バンクーバーにいる。

どこかでまだ私を見張ってるんじゃないかと思うほど素晴らしいタイミングで、バンクーバーに着いたその日に親からメールが来た。
“元気なのか?風邪ひいてないか?まだウィスラーに住んでいるのか?金はまだあるのか?”というような内容で、要は“心配してます”ということだと思う。


自分のことは自分が一番心配しているから大丈夫だ、と返信しようとして、そういうことを言うともっと心配させることになるなと気付いてやめた。
私は一人っ子なので困っていても困ってなくても心配して何でもしてくれる親なのだ。
子供の頃から小遣いが欲しいと言えばすぐに貰える環境だった。
子供ながらにそういう環境は自分にとってよくないとわかっていたのでなるべく小遣いが欲しいとは言わないようにしていた。
言えばくれるからだ。
こんなに簡単にお金が手に入っちゃいけないんじゃないかと思った。
こういう話をすると私は大金持ちの家庭に生まれたお坊ちゃんのように思うかもしれないが、現実は全く違って毎日お金のことでケンカしている両親を見ながら育った貧乏ちゃま。
お金で困ってるのに私がくれと言うとくれる両親。
親が金持ちなら毟り取ってやろうという気にもなるがそうじゃない。
例え親だろうと人間なのだから自分のことだけ考えればいいじゃないかと思う。


親子間だけじゃなくて恋愛にしても一緒で、基本的には自分のことをまず考えていればいいと思っている。
まず自分自身が輝くことに精一杯の努力を払うべきだと思う。

マネージメントやリーダーシップなんかも一緒で、マネージャーやリーダーが自分自身輝き続けることに努力を払い続けていれば自然とまわりはついてくるんじゃないだろうか。


“銀座まるかん”の斉藤一人も“エゴで少しエッチで崇高な人がいい人間”と言っている。
なぜエゴが最初にくるのかというと、自分をまず守らないといけないからだ。
自分自身さえ守れない人が他人を守れるわけがないし、自分自身さえ守れない人間が何人集まろうが結果は一緒なのだ。
小泉純一郎の評価される点は孤高を貫き通したことにある。


本当は久しぶりにまたバンクーバーに来てあらためて感じたことを書こうと思っていたが何もバンクーバーのことを書いていないことに気付いた。
多分私は何も感じていないんだと思う。



ж “あなたの日記の文章を読んでると毎日楽しくないんじゃないかと思える”と友人に言われた。
 “楽。。。しいよ。”と言葉が詰まったがちゃんと楽しい毎日を送っている。
 “楽しい”にもいろいろあって、何を楽しいと思うか本当に人それぞれだなと思うことがある。
 そんなことをして何が楽しいんだ、と思うことが多分人一倍多い私は、自分にしかわからない楽しい対象を見つける努力が必要なんだと思う。
 少なくとも“充実感”のともなわない“楽しい”は私はもう受け付けない。



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2006年11月12日

寿司。熱燗。味噌スープ。

サウジのプリンスとマイクロソフトのビルゲイツが一緒になってフォーシーズンズに買収案を提示して株価が30%程値上がりしたのは最近の話だ。
結局プリンスは側近80人を連れて年末から年明けまでフォーシーズンズウィスラーに滞在することになったらしい。
そしてビルゲイツもドロップインするだろうという話を聞いた。

そんなフォーシーズンズとも今週でお別れかと思いきや、“週末忙しいからもうちょっといて”と言われて最終日は来週になった。
しっかり最後までコキ使われて、8連勤の刑に処せられている。
1ヶ月ほど前からスーパーバイザーに就任したアルバートは、“もうちょっと働けばもうちょっと小遣いが増えるじゃないか”とお金をちらつかせて頼んでくるあたり私の扱い方を完全に理解したようだ。
しかしそれも今回が最後だ。
どんなシチュエーションであろうとも絶対に“お金のためには働かない”と決めているので、自分の信条を曲げないためにもこの職場を去る必要があったのだ。

そして、ホテルマネージャーやレストランマネージャーと道ですれ違うたびに“聞いたぞ。なぜ辞めるんだ?”と詰められている。
昨日はレストランマネージャーに呼び出され別室で個人面談をした。
“どうして辞めるんだ?”“次に何をするのか決まってるのか?”“次もどこかのホテルで働くのか?”“何か職場で問題があったわけじゃないよな?”、というような質問攻めにあった。

とっさに思い浮かんだ“人生は短い。私にはまだやらなければいけないことが山ほどある。”というフレーズを連呼しながらこれまでの感謝の意を伝えたところ、“また働きたくなったらいつでもオレに知らせてくれ。いい仕事をしてくれて感謝している。”というようなことを言われ友好的に話し合いは終わった。

“辞めるときは綺麗に辞めろ”というSatoshiさんの助言をしっかり守ることができてよかった。
それに、悪口なども散々言ってきたが、実際その何倍もホテルに対して感謝の気持ちのほうが大きいことに最後は気付けてよかった。


 先日は、フロントで働いている細井さんとその奥さんとご飯を食べに行ってきた。
SushiVillegeというお店で、中に入ると“必勝”と書かれた鉢巻をした人たちが寿司を握っていた。
寿司を握ることに対して必勝というのはどういうことで、彼らが何に勝たなければいけないのかよくわからなかったが、寿司はおいしかった。
中でも“マンゴーキャタピラーロール”という何だか強そうな名前を付けられた寿司は、細井さんの奥さんお勧めの一品で、意外にもおいしくて驚いた。
“キャタピラーロール”と聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、70年代に活躍した天才キーボーディスト“キースエマーソン”率いる“エマーソンレイク&パーマー”のアルバム名で、アルマジロと戦車が合体したような仮想の怪獣の名前“タルカス”だったが、多分私以外誰にもわからない話なので黙って食べた。
もちろん“マンゴーキャタピラーロール”は“タルカス”とは全く異なったものだった。

 調子に乗って3人で熱燗をのんだ。
“お酒なんか飲まないでみんな水を飲めばいいのに”といつも言っているノンアルコール派の私だが、実は熱燗は好きなのだ。
甘エビや、トロや、生牡蠣や、揚げ出し豆腐やらを食べながら熱燗を飲むというのは、本当に贅沢なことだと思った。

 細井さんの話をいろいろ聞かせてもらった。

 スキーが好きで、高校のときにバンクーバーに行こうと決めて、英語の塾に通い始めた。
そんなに行きたいなら3週間だけ試しに行ってきたら、と塾の先生に薦められてバンクーバーに出掛けた。
空港に着いて、“あ、日本語が通じない”と気付いた。
泊まるところも何もわからない。
座ってボーッとしてたら髭を生やしたおじさんが近づいてきて、安いとこがあるから一緒に来ないかと言う。
その人について行くしかしょうがないから一緒に安宿へ行く。
一夜明けたら高熱を出していることに気付いて、それから3日間寝込む。
するとあの日本人の少年はずっと寝たきりだけど大丈夫か、ということになってまわりの人たちがパーティーを開いてくれた。
そこで出会った日本人の人がバンフに行くというので一緒について行く。
夏のバンフで何もすることがないので毎日そのへんをふらふらして過ごす。

 というような天然ボケ満載の話で、やはり最後は“意外と生きていけるもんよ”という海外移住者お決まりのフレーズで締めくくられた。

 彼がなぜウィスラーにいるのかというと、やっぱりスキーが好きだからで、ウィスラーに住み続ける人というのは必然的にスキーが好きな人に限られてくるんだなとわかった。
私のいるところではないのである。

 細井さん夫妻は本当に仲が良かった。
同じ日本人夫婦でも海外に住んでいる夫婦はやけに仲が良いように見えるのは気のせいだろうか。
以前バンクーバーで小さな飲食店をを始めたばかりという日本人の夫婦に出会ったことがあったが、その夫婦も本当に仲が良さそうだった。
異国の地で支えあって生きている、という共通のテーマが夫婦の絆を強めているのだろうか。
あくまで支え合っているのであって、頼り合っているわけではないことが大事なことのような気がした。
成田離婚というのは、頼り合った夫婦を象徴していると思う。


 ホテルに戻った私は、寿司、熱燗とくればもう一つ何かが足りないと感じた。
それは“味噌スープ”だった。
これがJapanese冬の3種の神器なのだ。

 ちなみに調子に乗って蟹も食べた。
実は私は“蟹アレルギー”の持ち主で、小学生のとき、“かに道楽”で蟹を食べるといつもその晩体中に赤い斑点ができることから今までずっと控えていた。
しかし今回は大丈夫だった。
蟹が食べれるようになったことはカナダでの大きな収穫の一つに値すると思った。

 


ж この前の中谷彰宏日記は2日続けて印象深かった。

「書くことが、なくならないんですか?」
という百万回の質問に、百万回でもお答えします。
書くことは、なくなりません。
むしろ、書きたいことは、毎日、積み残しが発生しています。
毎日書いていることが、本にならずに、
どんどん増えていっている状態です。
本になっているのは、毎日、書いている量のごく一部です。
なぜ、本になる以上の原稿を書いているか。
理由は、3つあります。

(1) 書きたいことが、山のようにあるから。
(2) 今日、書いておかないと、明日はまた書きたいことがわいてくるので、
  明日に回せないから。
(3) いつか、半端じゃあないほど、大量にコンテンツが求められる日が来るから。
  その日が来ても、こたえられるように。

そして、補足すれば、(4) 書くことが、楽しいからです。


僕の1冊目の本が出てから、18年になります。
独身時代、中谷本を読んで、結婚して、ママになって、
その子供が、成長して、やがて中谷本を読めるように
なってきました。
妹の子供も、ようやく、僕の本が読める年齢になりました。
明日香ちゃんは、今、予備校に通っています。
「大学に通ったら、いい女になりたいので、
いい女になれる本をちょうだい」
なかなか、見所があります。
街頭アンケートで、主婦と間違えられたという
予備校生です。
父親が上京する時に、一緒に、ごはんを食べます。
この間、メールが来ました。
「おじちゃん(ぼくのことです)が、ただのお金持ちではないことが、
わかってきました」
明日香ちゃんが、僕の本が読める年齢になってくれて、
しかも、読んでもらえて、僕はうれしいです。

(11月8日、9日の中谷彰宏日記より)


 ただのお金持ちと、そうじゃないお金持ちの違いは何だろうと考えさせられた。
 キーワードはやっぱり“充実した仕事”にあるんじゃないかと思った。


ж “TomWaits”“TomWaits”と騒いでいたら、偶然テレビでライブムービーが放送されていてじっくり見てしまった。
 カナダって素敵。
 次はどこかの放送局で“キースジャレット”のインプロビゼーションでもやってくれないかなと願っている。



posted by da-i at 04:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

下山。

第1パラグラフでは、まず自分の決意を表明すること。
そして、希望の日にちがあるようなら記しておくこと。
 第2パラグラフでは、これまでの感謝の気持ちを記すこと。
 第3パラグラフでは、必要であればまだ猶予期間中はいくらでもアシストできることを記すこと。
 最後は忘れず署名すること。

 というのが英文退職届の書き方らしい。


 ウィスラー生活を終了させることに決めた。
先週、辞表を出したところ、確かに受け取ったがまだもう2週間は働いてもらうぞと言われ、残りのウィスラー生活をどうやったらしっかり過ごせられるのか考えている。

この一週間は珍しくかなり悩んでしまった。
そして人に相談などしてしまった。
ウィスラーで頼りになる人、といえばSatoshiさんしかいなかった。


「一回うち見に来るか?」と言われたので、のこのことついて行った。
日本茶を飲みながら、2〜3時間も時間をもらっていろんなアドバイスをしてもらった。
彼がカナダに来た25年前の話や、起業当初の話や、子供の教育の話や、もちろん人生論やら。
お前新聞記者みたいだな、と言われながらひたすら彼の話をメモした。

「お金儲けだけじゃなくて、残りの人生をしっかり生きたい。」とすがすがしい顔で言っていた。
「成功したいよなぁ。オレもまだもっと成功したい。」と少年のような目で言っていた。

「もしウィスラーで別の仕事がしたいのであれば紹介状書いてやるぞ。オレの紹介状なら100%通るぞ。」というようなことを言われたが、ウィスラーに住み続ける気持ちはもうなかった。

「チャンスはみんな平等にくる。気付かない人もいる。気付いたならしっかりつかまないとあとになって絶対後悔する。」
「必要じゃなかったら英語なんて絶対伸びない。」
「迷ったら勇気を出して一歩前へ出ると、うまくいくことが多い。」
「何やっても死ぬことはないから大丈夫だ。」

というような言葉の数々が最終的に私の背中を押した。

Satoshiさんには大事な一人息子がいて彼は来年からUBCに通うので家を出る。
「もう子供が離れるからオレはまたフリーだ。今度はバンクーバーかどこかで自分のビジネスまたやるぞ。」と言っていた。
なぜ彼がホテルで皿洗いなんかしているのかその理由がやっとわかった。
それは子供と過ごす時間を十分にとるためだったのだ。
朝のシフト以外は働かない、月〜金曜まで働いて土、日は休みじゃないとすぐ辞めるぞ、という条件をホテルにのませて彼は働いている。
あくまで自分のペースで生きていて、そういう生き方をしている人に私は会ったことがなかった。


子供を見ていて学ぶことがある、という話がおもしろかったので記しておく。
子供同士がみんなで遊んでいてもいろんな子がいて、この子は大物になるなという子はちゃんとこの時期からリーダーシップを発揮しているらしい。
一人ぽつんとしている子がいれば、近くに行って「〜君、そんなとこにいないで一緒に遊ぼうよ。」と誘う。
みんなでご飯を食べていても「〜君、自分の好きなものだけじゃなくて野菜もちゃんと食べないとダメだよ。」と叱る。
そういう子はみんなでどこかへ遊びに行くから一緒に行かないか、みたいな誘いの電話も頻繁にかけてくる。
そして、そういう子はなぜそういう子になりうるのかというと、その子の親がそういう人だかららしい。
要はリッチな親の子はリッチな親の習慣を子供の頃から自然に身につけるという。
「教育は大事だぞ。お前も親になればわかる。」と言われて、今の私に子供ができたら、とてつもなく性格の捻じ曲がった精神破綻者のような子供になるんじゃないかと想像してしまい、とりあえず自分が生きていくのに精一杯でいいやと思った。

Satoshiさんには本当にお世話になった。
彼から得たものは大きかった。


思えば隣の部屋に住み、同じ職場で働いているAlexとJung-hoにもお世話になった。

Jung-hoは明日ホテル内のスタッフアコモデーションから引っ越していく。
新しいアパートメントはバスで20分ほどかかるらしい。
家賃も安くはない。
来年の夏までここで働くらしい。

 Alexはスタッフアコモデーションに残り、1月までここで働く。
彼はビザが1月までなので、何とか延長させてカナダにもっと滞在することを望んでいる。
ビザ延長が不可能ならおとなしくロシアに帰るらしい。


 私の場合、Jung-hoのようにどこかアパートメントに引っ越して働き続けることも可能だった。
また、Alexのように雇用契約を1月までにしてホテル内のスタッフアコモデーションに残ることも可能だった。


 私はそのどちらもイヤだった。

 そして悩んだ末に辞表を出した。


 
 さあ、次はどこで何をしようか。。。



ж ウィスラーはもう雪の季節になった。
  雪を見ると「TomWaits」の曲が無性に聴きたくなる。

  “I Hope That I Don't Fall In Love with You”
  “The Piano Has Been Drinking”
  “Innocent When You Dream”
  “Ol' 55”
  “Warm Beer And Cold Women”
  “Georgia Lee”
  
 などなど。
  
 「Smoke」という映画を見たことがある人はいるだろうか。
 映画の最後に“Innocent When You Dream”が流れる。
 2時間くらいの映画で内容はまったく覚えていない。
 というか友人宅で見ていて映画開始直後にあまりの退屈さに他事をしていたので本編は全く見ていない。

 1時間50分後にエンドロールが始まって、ある男が目の見えないおばあちゃんの家に訪れる白黒映像が流れる。
 おばあちゃんには多分長い間離れ離れになっている息子がいるんだろう。
 おばあちゃんはその男が自分の息子だと思い込んで温かく家に迎え入れる。
 男は戸惑いながらも家に入る。
 料理などを用意し、おばあちゃんは息子との思い出話などを語っている。
 息子との再会の感動のあまり泣きながら話をしているおばあちゃんのために、男は息子のふりをし続ける。
 おばあさちゃんがベッドに入っても傍に付き添って、おばあちゃんが起きている間はずっと息子のふりをし続ける。
 おばあちゃんが幸せいっぱいの中で寝たのを確認すると、男はそっと去っていく。

 ただこれだけの5分くらいの映像。
 そして“Innocent When You Dream”という曲。

 なぜかわからないが、ここだけで私は泣いてしまう。
 レンタルビデオで借りて何回もこのエンドロールだけを見続けた。
 見た回数分だけ泣いてしまう。
  
 そんな印象的な映画「Smoke」。
 よかったら見てみてください。
 本編の内容は見てないので全くわかりませんが。。。

posted by da-i at 10:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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