2006年12月31日

0泊4日のオーロラハンター − 後編 −

前回に引き続きオーロラの旅の完結編。


《フォートマクマレイ》


今日はクリスマスなので、日本から来たと言えばクリスマスプレゼントとして石油をシェアさせてくれるかもしれないとか、コップ一杯の石油は頼んだらいくらで売ってくれるのだろうかとか、帰りのガソリンを卸値で売ってもらおうとか、バカなことを話しながら石油地帯の見学を終えた我々は腹ごしらえをしようと考えた。

ここで始まったのがRyuさんの料理長企画だった。
白米とガスコンロを持参していたRyuさんは雑炊を提案する。
我々に断る理由はない。
次は雑炊のためのスープが必要だ。
面倒くさいのでカップラーメンを作り、その残り汁で雑炊をやろうという話になる。
早速1件だけ開いていたコンビニに行き、カップラーメンを大量に買い、店内でお湯を入れ、スープを飲まないように麺だけすすりながら外に出て、鍋に残り汁を集め、人気のない場所に移動する。

寒空の下、ガスコンロに火をつけしばらくすると火が消える。
ガスが足りない。
そして企画終了。
結局、雑炊という名の残飯はそのまま畑の肥料に変わり、また先ほどのコンビニに戻りおとなしく各々軽く腹ごしらえを終えた。


そうこうしているうちに日も暮れてきて、我々のオーロラへの期待は自ずと高まった。

明かりの全くないところへ行かなければいけない、という情報を得た我々は、フォートマクマレイよりさらに数十キロ北上した。
路肩に車を止めひたすらオーロラ出現を待つ。

ここで我々はカナディアンの温かさに触れることになる。
しばらく止まっていると、向こうからやってきた車が我々の車の隣で止まり、“大丈夫か?”と声をかけてくるようになる。
しかも来る車来る車声をかけてくる。
いったん我々を通り過ぎた車がまた戻ってきて大丈夫かと我々の車の窓を叩くようになる。
彼らのやさしさはうれしかったが、カナディアンに心配される日本人ってどうなんだ。。。とやるせない気持ちになる。


4時間ほど待ち続けるが一向にオーロラは出現しない。
しょうがないので男6人でしりとりを始める。
オーロラ→ラッパ→パイナップル。。。と他愛もない時間が流れる。
我々がしりとりをしている最中も、我々を心配するカナディアンが声をかけてくる。
“大丈夫か?”、“オーロラを待ってるんだ”、“そうか”、“この辺で見れるだろうか?”、“もうちょっと北へ行ってみてもいいかもしれないが多分もうこのあたりで十分だ”、“そうか、ありがとう”、“オーロラ見れるといいな、じゃあな”、“じゃあ”、というようなやりとりをこれでもかというほど繰り返し、その間も我々のしりとりは中断されることなく続けられた。

結局このしりとりはKeitaくんの“リットン調査団”の一言で終了した。
あの冷静なKeitaがうっかりすることからもわかるが、我々の脳は疲労でいっぱいだった。
そうでなければそもそもしりとりなどしない。
オーロラはまだ出現しない。


半眠状態のまま時が流れる。
HiroさんとRyuさん以外の4人は半ばあきらめ眠ってしまった。


Hiroさんの“おい、お前ら起きろ”の一声で目を覚ます。
外を見ると知らない場所にいて、さらに北上したらしい。
“オーロラ出たぞー”とRyuさんとHiroさんが車から飛び出し、もそもそと4人が動き出す。
そして6人でオーロラに向かって走り出す。
“このオーロラ企画成功だ”とHiroさんが寒空の中叫び、我々もよかったよかったと一安心する。

しばらくして車で移動したほうが早いという当たり前のことに皆気付きまた車に戻りオーロラに向かって走る。
カメラをもって駆け出していった森くんは行方不明でここでも放置民となる。
そして今回の企画の一番の名言でありハイライトでもある<森くん轢くなよ!>が生まれる。
しかし我々6人しかわからないおもしろさなのでここでは深く触れない。

オーロラの出現時間はおよそ3分〜5分。
一本緑色の線が出たと思ったらそこからその光が動き出し消える。

興奮したまま車に戻りしばらく空を眺めていると、“あの光怪しいな、もう一発来るぞ”とHiroさんがつぶやく。
驚くことにその予言どおり再度オーロラが出現する。
今度はさっきより大きい。
一度オーロラの出現する様子を見ただけで、オーロラ出現が予言できるようになったHiroさんを本当にすごいと思う。
私は星空満開の夜空も手伝って、“一度見た技は一度で覚え、二度とくらわない”という聖戦士星矢の名言を思い出した。


こうしてオーロラハンター企画は成功したのだった。


さらにもう一つイベントがある。
今日25日クリスマスは伊藤くんの誕生日だったのだ。
我々はコンビニで買った菓子パンケーキを伊藤くんに渡し、19才の誕生日を祝った。
クリスマスにオーロラの下で誕生日を迎えるのは贅沢なことだと思った。



《帰路》


オーロラ出現後、しばらく放心状態になる。
疲れがどっと出る。
日付は26日に変わり、興奮おさまらぬまま帰路につく。

深夜のフォートマクマレイを走っているとまたもやポリスに捕まる。
Ryuさんが運転しているとなぜかポリスのお世話になるのだ。
しっかりいつも通りノーザンライツを見に来てどうのこうのという話をして納得してもらう。
この旅で我々はポリスに捕まり慣れたのだった。

エドモントンのコンビニで2時間ほど休憩し、今日がボクシングデーということもあり、世界最大のモールに寄ろうという話になる。
遊園地がモールの中にあったりするわけだが、結論から言うと、このモールは大したことがなかった。
フードコートで昼食をとろうにも何ら魅力的なものもない。
ここが世界最大なんて認めない、バンクーバーのメトロタウンのほうが全然いいじゃないか、というようなことを口々に言いながらさっさと出る。

カルガリーでは1時間ほど各自自由時間をもらってふらふらする。
しかし、ダウンタウンまで足をのばした私以外は何て何もない街だと30分ほどでギブアップ。
やはりカルガリーは仕事の街であって観光の街ではないと納得。

バンフではこの旅唯一の高級料理を食べる。
アルバータ牛である。
一人40ドルほど払い食べた牛は、“やっぱり和牛の味を日本人は知ってるからね”という感想。
日本人にうまいと言わせるのは至難の業なのだ。
食後は毎日ジャンクフードを食べていたせいか、普通の料理を食べるとお腹の調子が悪くなる病にみんなかかり順次トイレに駆け込む。
この旅で一時的に胃も小さくなったのかもしれない。

バンフからカムループスに向かう道では、大雪に見舞われる。
雪道専門のKeitaくんがハンドル操作を誤り、危うくガードレールに激突しかかる。
何回かハンドルを切り車が右へ左へ滑っていく。
私は助手席に乗っていて大爆笑している。
ピンチになると笑う癖が私にはあるのだ。
私の笑い声でRyuさんが目を覚ます。
これ以降、私が笑うたびにRyuさんは命の危険を感じ、疲れているにもかかわらず眠れなくなる。
ちなみに、フロントガラスの汚れをとろうと運転中に中から窓の外に水をかけるも、誤って後ろに座席で寝ていたRyuさんにかかりびちょびちょになる事件もKeitaくんは起こしていて、そのときも私は大爆笑していた。
私の大爆笑=Ryuさんの不幸 という構図がこの旅の方程式である。


そして命からがらバンクーバーに到着したのが27日のお昼過ぎ。
ドロドロに灰を被ったようになった真っ白な車をみんなで掃除した。


バンクーバーのダウンタウンを走る我々は、ダウンタウンを歩く人達を見て、何て生ぬるい弛んだ顔をしているのだろうと思った。
この旅で我々は原始的な生命力のようなものを学んだ。
 グレハンに乗ってユースに泊まりながら旅をしているうちはまだ甘いのだ。
企画を事あるごとに立て続けて、構成も段取りよく進めて、絶対にその企画を倒さない覚悟で模索しながらやりきると楽しいことがわかった。
一緒に旅に行く人しだいで旅というのは全然違うものになることも当たり前だが再確認した。
レベルの高い遊びとはどういうものか勉強になった。

 4日ぶりのお風呂は何にも変えがたいものだった。


ж この旅で我々が支払ったお金はレンタカー代も込めて各自200〜300ドル程度。
 ツアー会社によるオーロラツアーに申し込むような観光業の奴隷の群れをもう私は叩いたりしない。
 支払ったお金の量と学べる量が全く反比例していることが今回の旅でも証明された。
 実際英語の勉強にしてもそうなんじゃないかと気付く人は気付いている。


ж 前編でレイクルイズを書き忘れた。
 深夜のレイクルイズでは凍った湖の上でスケートやアイスホッケーを楽しむ人達がいて、何て贅沢な人達だろうと思った。
 リッチピープルでない我々は、不侵入者と思われてライトで車を照らされたりしていた。
 闇の中で滑っている人よりもスポットライトに当たった我々のほうが断然輝いていたと私は思った。







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2006年12月30日

0泊4日のオーロラハンター − 前編 −

 しばらく旅に行ってきた。

 目的はオーロラを見ること。

 “クリスマスにオーロラ見に行かない?”と電話がかかってきて気軽に“はい、行きます”と答えてしまった。
 
 あまりに過酷過ぎた。

 そして内容が濃すぎた。

 0泊4日で総走行距離4000キロは半端ではない。

 
 今回の日記と次回の日記で軽く旅を振り返ってみようと思う。

 行動記録的な読み物なので暇な人だけ読んで下さい。



《バンクーバー → カムループス》


 23日の夜に旅が始まった。
 今回のメンバーは企画発案者のHiroさん、参謀者のRyuさん、便乗者のKeitaくん、森くん、私、そして出発寸前に拉致された伊藤くんと男ばかり計6人。
 “こういうバカな企画に真面目に集まるんじゃない”とHiroさんに叱られながらバンクーバーを出発する。
 
 順調にカムループスに到着する。
 ここで我々は一つの大きな疑問に気付いた。
 “我々の車のタイヤはスノータイヤなのだろうか?”
 これから極寒の地に向かうというのに、我々はそんなことも確かめずここまで来てしまった。
 いくらタイヤを眺めていても答えは出ないので車のことをよく知っていそうな通りすがりの若者に“俺達のタイヤはスノータイヤだろうか?”という間抜けな質問をする。
 “問題ない。心配するな。Take it easy!”みたいなことを言われカナディアンに聞いた我々がバカだったと気付く。
 結局今のタイヤで大丈夫だろうということで旅を続ける。
 ちなみに、カムループスの印象はとても薄く、唯一覚えているのはどの店の店員もなぜか冷たかったということだ。
 この町のダウンタウンには若者の姿が少なく、過疎化が激しい印象をうけた。
 もちろんリッチな中高年の町というわけでは全くなく、生まれてからずっとこの町で暮らしてきて気付いたらもう私の人生はずっとカムループスだったという人々の町だ。
 過疎化とサービスの低下というのは納得の組み合わせだと思った。


《カムループス → バンフ → カルガリー》


 カムループスを出てしばらくすると有料道路に入る。
 黙って我々が金を払うわけもなく、前の車に続いて金を払わずそのまま突っ切ろうとする我々に“Hey , Hey , ”と女性スタッフが後ろから叫ぶ。
 大人しく10ドルを払うと“Thank You”と受け取るスタッフ。
 “何で突っ切ったん?”とどこまでも不審に思うRyuさんを気にせず、我々はバンフへと向かう。
 結局Ryuさんは旅の間ずっとなぜ突っ切ったのか疑問に思い続けた。
 “大丈夫だ、行け。”という私の指示に従ったドライバーのKeitaくん。
 思えばここから私とKeitaくんコンビにRyuさんが心配する、という構図が出来上がったのだった。

 バンフでは夕食をとろうとメキシコ料理の店に入る。
 この店の店員は陽気だった。
 我々のまわしているカメラにいちいちサービスをしてくれる。
 一人の女性スタッフはカメラに映りたいがために我々の前まで近づいてきてカメラに笑顔を振りまいて去っていった。
 そんな店員の努力も虚しく、この店は混んでいたため、腹をすかせた我々はトイレだけ借り、お店を出てバンフを去った。

 カルガリーに着く。
 夕食をとるために中華のお店に入る。
 この店の店員はバンフとは対照的にとても感じが悪かった。
 もう閉店まで時間がないから早く注文して早く食べろと言う。
 時間ならまだあるじゃないかと思ったとき、新たな事実に気付いた。
 アルバータ州では1時間時差があったのだ。
 なるほど、と納得しながら食事を終えカルガリーを去る。


《カルガリー → エドモントン》 


 日付が変わって25日のクリスマスになったとき、我々はエドモントンに向かっていた。
 しかし簡単に目的地に着くわけもなく、エドモントンのダウンタウンを目指していた我々は完全に道に迷った。
 田舎道の道路脇に車を止めていると現地のポリスに職務質問をされる。
 午前4時にこんなところで何をしているんだ、というわけである。
 “オーロラを見に行くんだ”と私たち。
 “オーロラを見るためだけにバンクーバーから来たなんて考えられない”とポリス。
 “我々は日本人だ。日本ではオーロラは見れない。”というと段々むこうも納得する。
 Saskatchewanから来たという一人のポリスにオーロラ情報を聞く。
 どうやらイエローナイフでももちろんオーロラは見れるがフォートマクマレイでも十分オーロラが見れるという話だ。
 ここで我々の次のプランが決定する。
 フォートマクマレイである。
 クリスマスということでエドモントンの店はほとんど閉まっていた。
 やっと見つけた店で長めの休憩をとり、フォートマクマレイに向かう。


《エドモントン → フォートマクマレイ》 


 エドモントンを出てあと少しでフォートマクマレイというところで、ガソリンが足りないんじゃないかとドライバーのKeitaくんが言い出す。
 ガソリンスタンドは簡単には見つからない。
 もともとガソリンスタンド自体少ないところなのに、加えて今日は25日のクリスマスなのだ。
 我々は前のガソリンスタンドまで引き返すことを決意する。
 クリスマスの朝7:00にやっているガソリンスタンドというのはある意味異常だ。
 そんな異常なガソリンスタンドを我々は見つけなければいけない。
 ガス欠=暖房停止=凍死 である。
 外は−20℃の世界なのだ。
 1件のガソリンスタンドに止まり、扉の張り紙を見ると午前10:00より営業と書いてある。
 我々はしばらく仮眠をとり、無事ガソリンも手に入れフォートマクマレイへと向かった。

 お昼にフォートマクマレイに着いた我々はまず腹ごしらえをしようと考え、町をふらつく。
 もちろん今日はクリスマスなのでどの店もやっていない。
 やっと見つけた1件のピザ屋で昼食をとる。
 おいしいのかまずいのかよくわからない中途半端な大きさのピザを食べる。

 この町は石油の町である。
 アルバータ州のオイルブームとはどういうことなのかこの町に来ればわかる。
 この町よりしばらく北へ向かえばもくもくと煙の上がるオイル精製工場やオイル採掘場などオイル景気の源を間近に見ることができる。
 クリスマスで人がいないことをいいことに、我々は石油工場の私有地まで侵入することに成功した。
 作業員用の大きな宿舎がいくつも建てられ、留学生をここに送り込むのもありなんじゃないかと我々は話し合ったが、ブルーカラーの汚い言葉と石油工場で真っ黒になりながら働くのはあまりにも酷ではないかという結論に達した。
 実際、オイルを一日運ぶと日給500〜600ドル貰える、という話もあるらしい。
 石油は大金を生むのだ。
 そのために世界中で争いが起きている。
 この石油地帯の見学は私にとってどの観光地よりも興味深いものだった。

 果たしてオーロラは見れるのだろうか

 後編に続く


ж おもしろいネタはたくさんあるんだけど我々6人しか理解できないことが多すぎて大幅カットしてます。
 Ryuさんの原住民シリーズが私は大好きでしたが文章でおもしろさが伝わらないのでカットです。
 石油を奪われた原住民はNHKスペシャルでした。

ж 森くんの放置民シリーズも大好きですが、これも文章では伝わらない。
 残念。

posted by da-i at 13:36| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

学校なんか行っちゃってます。

 学校へ行き始めた。

 毎朝9:00に学校が始まるため、毎日6:30に起床するようになった。
この半年は完全に夜型生活だったので早朝が新鮮でしょうがない。
朝起きてもまだ日が昇ってなくて、だんだん明るくなっていくダウンタウンをボーっと眺めているのは少し気持ちが良かったりする。
もちろん二度寝するのがホントは一番気持ちいいんだけど。。。

 改めて学校に行き始めて思うことは、やっぱり私は学校という存在自体好きじゃないということだった。

 ディスカッションなんか何て不毛で意味のないやりとりをしているんだと途中で笑い出しそうになってしまう。

 “日本文化は〜”とか“日本人は〜”とかいう意見を聞くと全部反論してやりたくなる。

 そういう文脈を語ること自体無理があると思う。

 職業選択の際に差別はあるかないかとか、そんなのあるに決まってるじゃないかと思う。


 さらに、うちのクラスは生徒が全員日本人のくせにイングリッシュポリシーだかなんとかで日本人同士英語で喋らないといけない。

 気をつけないと病気になりそうだ。

 本来英語というのは一つのツールであって、必要だから使うわけである。

 相手に日本語が通じないからしかたがなく英語を使うわけである。

 日本人同士で英語を喋っている人を見るたびに、そんなに英語が喋りたいなら日本人と一緒にいなければいいのにと思う。


 なので基本的に昼休みなんかは学校にいないようにしていて、しっかり協調性のなさを発揮している。

 他の生徒はバンクーバーでずっと基本的に学生で過ごしてきたような人達なので、私がワーホリでもないのにまだ半年以上働けるビザをもっているとか、フォーシーズンで働いてたとか、今フリーライターやってるとか、そういう話をすると何てミステリアスな奴だという目で見られる。

 他人からどう思われようと何とも思わない性格なので何も気にしていない。

 何とか有給のインターンシップにありつければそれでいい。


 ちなみに、毎日真面目に学校に通うことは私には不可能だと最初からわかっていたので、何とか毎日学校に通わざるを得ない状況を作ることはできないだろうかと考えた。

 学校に行くことで何か私にとって意味のあることを生み出すことはできないかと思って、新しいコンテンツを作ってみた。

 http://findajob.seesaa.net/

 このブログを誰かに買ってもらおうと思う。

 これからインターンシップを考えている人にとって喉から手がでるほどのコンテンツに仕上げたいわけです。

 もっとこういう情報を載せたほうがいいとか、ご意見がありましたら教えてください。



ж 年末年始も関係なく学校があるものだと思っていたらずっと休みだそうで何もすることがなくて困ってます。
  
 短期バイトみたいなのがあれば喜んでやります。
  
 いつも思ってるんだけど、日本人のワーホリの人達に短期バイトを紹介するビジネス、みたいなのもいつかやってみたいなぁ。

ж あと、寒中水泳を誰か。。。



posted by da-i at 17:23| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

学歴と経歴とコネクション

来週から次の学校が始まる。

学校何て大嫌いだ、というようなことを公言していながら結局また学校に行くことになった。

目的はインターンシップで、どうやったら手っ取り早くそこにたどり着くかなと考えた結果そうなった。

お金を払って学校に行くよりも自分で探したほうが本当は早い。

職を選ばないのならそれでもいいと思う。


海外ではやる気であったり実力であったりが一番大事で、学歴や経歴は関係ない、みたいなことを言う人もいるけれど、そういうのは嘘で、学歴は大事だし、経歴はもっと大事だし、コネクションなんかも当然大事で、やる気や実力なんてあって当たり前な世界なんじゃないかと思う。

学歴も経歴もない人にそういうことを言うと身もふたもないので、こういう事実はなるべく表に出ないようになっている。

気付いた人たちだけが何とか対応しようとする。

こういう仕組みは社会の至るところにあって日本にいようが海外にいようがより良く生きていこうと思ったらどこにいても存在する。


こっちで自分の望む職に就いている人というのは3通りある。

@こっちの大学に行くなど学歴をこっちで得た人。
A日本で専門的な経歴を積んできて、こっちでも同じ分野で働こうとする人。
B学歴も経歴もないけれどコネクションを作ってそれをつないだ人。


 @の人は将来的に移民を目指している人が多いような気がする。費用もかかるのでふらっと来ている留学生には覚悟が必要でもちろん私はそんな大金を持っていないので無理。

 Aの人はWeb関係が多い。専門技術は言葉の壁を越える。手に職は強い。

 Bの人は起業家タイプ。変わった人ね、と言われる人が多い。一般的に留学生というのは変わった人の集まりで、その留学生から見ても変わってる人と言われるような人。


 実際は@とBが組み合わさった人やAとBが組み合わさった人、みたいな感じになる。
 
で、留学を長期で考えていない場合は、AとBが大事になる。
もちろんここで言う長期というのは1年や2年のことではなくて、3年4年5年くらいのことで、大体の留学生にとって@は現実的ではないので、日本での学歴+経歴+こっちのコネクションが大切ということになる。

そしてさらにここに語学力が求められる。

あと学歴と経歴とこれからすることの一貫性みたいなのも大事らしい。


何の話をしているのかわからなくなったが、私の留学も後半戦に突入しているのでそろそろ的を絞って行動していったほうがいいんじゃないかと気付いた。

 

ж 今度の学校はGパンがダメらしいので、誰かパンツを貸してください(よしくんあれは流石にでかいわ)。

ж あと革靴も欲しいなぁ。。。
 
posted by da-i at 12:44| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月09日

今までもこれからも。


確か前回の日記の終わりに書いた言葉は“それでは部屋の掃除に戻ります。”だった。

その後何が変わったのかというと何も変わっていない。

スーツケースはいまだに大きな口を開けているし、口さえも開けてもらえないバックパックは窓際でもうあきらめてすねているし、さらに新たな荷物も増えてごった返しているので、昨日カナダに到着しました、というような部屋になっている。
初心を忘れないためにも部屋はこのままでいいんじゃないかと思った、というのは嘘で、土日ですっきりさせようと思う。
多分。

唯一整理したのは単行本類だけだった。
いつも引越しをする際にどうしてこんなに荷物が多いんだろうと思っていて、その理由は本とバスタオルだった。
本は友人に配って歩いているのに常に30冊くらい手元に残り、引越しの際それだけでかばんが半分埋まるのだ。
バスタオルに関しては今更言うまでもない。
ホテルから持ってきた分がさらに増えて、前の住居人ケンイチさんが帰国前に“バスタオル置いていったら使いますか?”と言われて“はい、よろこんで”と私は条件反射で答えてしまいさらにその分増えた。
総計20枚弱である。
バスタオルというのは売れるのだろうかと考えるようになった。

もし“JPカナダ”の“売ります買います”欄で“バスタオル売ります”と出たらそれは私です。
 


話は変わって、私のライターデビュー作がついにアップされた。

http://www.loopp.com/01/lifestyle/features/061208_movietour.php

本当は取材裏話みたいなのを同時にこっちのブログで書いていったらおもしろいかもしれないと思っていたが、それは面倒くさいと瞬時に気付きやめた。


今週はミーティングがあって、いくつか私のほうから企画を出して、ほとんどの企画が通った。
正直給料は激安なので編集の方からは“どれだけ労力をかけてものすごくいいものを書いてもらっても1本いくらなので見返りは少ないですよ。それでもいいなら是非やって下さい。”というようなことを言われている。

やりたい企画は山ほどある。

ただどれも労力がかかる。

割に合わない仕事なのだ。

でもやろうと思う。


目標は“人気コンテンツを作りシリーズ化させること”である。


期待してて下さいね。


 
本当はこのブログに費やす時間と労力があるのなら、そのエネルギーをライター業に費やしたほうがお金も入って効率的なのである。

でもこのブログは絶対にやめない。

私にとって原点なのだ。

10分で書いた文章もあれば2〜3時間かけた文章もある。

すべてが大事な宝物である。


大切に読んでもらえていることを願っている。

今までもこれからも。




ж 元旦にイングリッシュベイで行われる寒中水泳大会に出てくれる人を募集しています。
  なかなかこんな機会ないですよ。



ж インターンシップをしたいのでそのための学校探しもしている。
  そろそろ決まりそうです。
  その話はまた今度。
posted by da-i at 17:37| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

ですます調

 気がつけば12月です。
バンクーバーはダウンタウンにいる限りそんなに寒くなくて、快適に過ごせます。
といってもこれからは本格的に雨季が始まります。
“バンクーバーの連日の雨”というのは、毎年多くの留学生をダメ人間に変えてきました。
外に出るのが億劫で、学校などどうでもよくなり、食料を買いに行くのさえ面倒で、テレビが大好物、というような状態に陥るわけです。

 そういえば“面倒くさい”というのは日本語特有の言葉で英語には訳せないと誰かが言ってました。
“troublesome”というのも別にトラブルがあるわけでもないので違うわけです。
“bother”というのも別に困っているわけではないので違います。
“inconvenient”というのも別に利便性の問題ではないので違います。
“unwilling”というのも近いですが違います。

 “面倒くさい”や“切ない”に代表される英語に訳せない日本語というのは多分たくさんあって、日本語だけじゃなくて韓国語にも中国語にもスペイン語にもあるわけです。


 どうしてこんなどうでもいいことを書いているのかというと、新しく引っ越した部屋の掃除をやり始めたのはいいけど、もう面倒くさいなと思ってほっぽり出してこの文章を書いているからです。
まだ口を大きく開けたスーツケースが部屋のど真ん中で偉そうにしています。
まだ荷物の入ったバックパックはテレビの横でふてくされています。

 
 この部屋のウリは大きなベッドです。
前の前の住人はカップルだったらしく、真っ赤なベッドカバーに枕が2つ置いてあります。
前の住人が入ったときは今とは家具の配置も違っていて、奥にベッドがあってそれを隠すようにソファーがキッチンの方を向いて置かれていて、第一印象は“Sexのための部屋”だったそうです。
テイクオーバーにはコンドームが大量に引き継がれていて、現在も残っています。


 食生活はホテル暮らし時の贅沢三昧が嘘だったかのような質素な毎日です。
基本的にテイクオーバーの食料品を消費していて、新しく買ったものは“出前一丁”と“食パン”程度で、いずれもバンクーバーではいつも御用達の“Sunrise”です。
いつもこの店に来るたびにどうしてこんなに安いんだろうと不思議に思っていましたが、やっとその謎が解けました。
驚くべきことに、この店ではTaxというのが存在しないようです。
もともと値段が安いのにTaxも取らないわけだから価格破壊が可能なわけです。
もしかしたらこの店はカナダ政府から治外法権が認められているのかもしれません。


 で、どうして今回の日記が“ですます調”で書かれているのかというと、“ですます調”の練習がしたかったからです。

 実は最近フリーライターの仕事を始めました。

 取材なんかも行ってきて、好きに書いていいよと言われたのでフォーマットもすべて無視して本当に好きなようにいつもの“である調”で書いたら、全編書き直しと電話がかかってきて、“ですます調”ってどんな感じだったっけなぁと雲をつかむような感覚でこの文章を書いています。

 自分でも気付かなかったけれど、このブログも最初は“ですます調”だったことにさっき気付いたわけで、まあ何とかなるなと思ってます。

 こんな感じで書いてくださいと渡されたサンプル資料は、実家の母親に紹介したら“あの子いい子やね”と言われる典型的な可もなく不可もない彼女、というような文章で、もうちょっと何か毒のある感じがいいなと思ってしまいました。
“ですます調”で物事の表面のみを撫でるだけの文章は書きたくないわけです。
といっても広告としてのコピーライティングにも興味があります。

 自分の中で身に付けたいスキルの3本柱というのがあって、それはセールス・マーケティング・ファイナンスです。
コピーライティングというのはセールスの一種で、勉強したいことの一つです。
インタビューの技術なんて、そのまんまセールスに応用できるわけです。


 バンクーバー在住のみなさん記事になりそうなネタがありましたらご一報ください。


 では部屋の掃除に戻ります。



ж “ですます調”って書いててすごく疲れる。。。

ж  いらないデジカメとか余ってる人いたらください。

ж  Fidoの満足度調査に協力してくれという電話がとてもしつこいのですがみなさん大丈夫ですか?
posted by da-i at 12:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月30日

バンクーバーでは雪が降り、日本では井川遥が結婚した

ケイタ邸はとてもおもしろい。
ケイタ邸といってもケイタはホームステイなので私はホームステイ宅に勝手に転がり込んでいるわけである。
ご飯も一緒に食べている。
“意外と無茶苦茶するね”と友人に言われて確かにそうだなと思った。

先週はホームステイ宅のベースメント一帯がダメ人間の巣窟のような状態だった。
この家にはケイタ以外にマサ君、イバン、クリス、ユンジュと5人がベースメントに住んでいて、学校に行っていないケイタ、マサ君、イバン、私の4人は完全に昼と夜が逆転した生活を送っていた。
ケイタは大体本を読んでいて、マサくんは大体寝ていて、イバンはパソコンにむかい一心不乱に“Killing Time Killing People”と言いながら戦争ゲームを楽しんでいる。
昼過ぎに起きて“辛ラーメン”をすすり、まだ腹減ってないぞといいながら夕食に向かい、深夜1:00頃体力のあり余った我々は雪の降っている外を窓越しに眺めながらキャッチボールやサッカーなどを室内で自由に楽しんだりしていた。
こういう時間の過ごし方は嫌いではない。
みんなが自分の好きなことをしている。
何にも強制されていない。

 ウィスラーで働いているときに私は“自分のやりたくないことをすると人間の顔は歪む”ということを知った。
お金のために退屈だと言いながら働いている人の顔は仕事中ずっと歪んでいた。
そういう顔は見たくないと思った。
私の顔はどうだろうか、もしかしたら今私の顔は歪んでいるかもしれない、と思い始めてウィスラーを去った。


 バンクーバーに来てからまた多くの人たちと知り合った。
知らない人と一から関係を築いていくことはエネルギーのいることで、他人を受け入れる余裕も必要だし、何よりもモチベーションが必要だ。
モチベーションというのは外部に対する興味で、これがなくなったらつまらない人間になってしまう。

 カナダに来る前に、ネットワークマーケティングで生計を立てているという女性に会ったことがある。
ネットワークマーケティングというのは、人を勧誘して自分の下につけていけば収入がどんどん上がっていくビジネスシステムだが、決してねずみ講というわけではない、という仕事のことで、彼女はもう少しで働かなくてもそれだけで食べていけるところまできていた。
私は参加するつもりはなかったが興味があったので、やろうかどうしようか迷っているというふりをして彼女の下について話を聞いたり、たくさんの人を紹介してもらったりしていた。
“たくさんの人と出会ってきた人かどうかというのはその人と少し話をすればすぐわかる。人と接する仕事をしてるのかそうじゃないかもすぐわかる。出会いも少なくて毎日人と接していない人は死んだような人が多くて、私の仕事は人と一緒にお金持ちになっていく仕事だけど、そういう人たちとは仕事したくないから勧誘もしないわ。”
というようなことを言っていたのを覚えている。

 つまらない人間というのは自分の外の世界に興味をもたない人たちのことで、他者との出会いのない人たちを意味する。
新しい出会いが人を変え、人を魅力的にするというのは本当のことなのだ。


 話は戻って、ケイタ邸の滞在も今日が最後になる。
明日からはダウンタウンに住む。
私が入る部屋に現在住んでいるのはケンイチさんという人で、12月1日の便で日本に帰るらしい。
“鍵の受け渡しをどうしようか?”という話になって、“じゃあ面倒なんで前日入りしましょうか僕”ということになって1晩だけ同棲することになった。
前回お金を払いに行ったときは、“まあ外寒いんで上がってきますか?”と言われて、“はい”と言って2〜3時間話し込んでコーヒーを3杯くらいご馳走になった。

 またいろんな話を聞いてしまった。
ケンイチさんは27歳で、オーストラリアでワーホリをしたあとカナダに来た。
“オーストラリアとカナダと留学生のタイプは違いますか?”と聞くと、“オーストラリアのほうがみんな元気だね。アツい奴が結構いた。カナダよりオレはオーストラリアのほうが好きだなぁ。”と言っていた。
カナダですごい人とかおもしろい人ってあんまり会ったことがない、みたいなことを先日別の友人もこぼしていた。
本当にそうなのかどうなのかは私にはまだわからない。

 オーストラリアの写真をたくさんケンイチさんに見せてもらって、男同士なのでしっかり“この子かわいい。この子いまいち”みたいな話で盛り上がって、“この子かわいいでしょ”と見せられた写真には本当に美人が写っていて、“日本人じゃないですよね”と言うと、“タイワニーズ”と言われて、“やっぱりタイワニーズですよね”、“タイワニーズだねぇ”と意見が一致し、“台湾寄ってから日本帰ろうかな”と言われて、“僕もそうするつもりです”と言い、次回は“なぜタイワニーズはかわいいのか”で一晩語り合おう、などとバカな話をした。
たとえそれが写真であっても美女には男と男を仲良くさせる力もあるのだと知った。
もちろん美女は男と男を引き裂く力も同時に備えていることは言うまでもない。

 美女は男に影響を与える。

 井川遥の結婚報道は私に多大な影響を与えている。



ж  誰か引越し手伝ってください。。。
 







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2006年11月26日

メディテーションやらクレジットカードやら

 バンクーバーにいる実感がすこしずつ湧いてきた。

 先週今週とウィスラーの愉快な仲間たちがバンクーバーに遊びに来る際、私を訪ねてきてくれて、ここはウィスラーなのかバンクーバーなのかよくわからない状態が続いていた。

 具体的には、まずウィスラーからバスに乗ってバンクーバーに到着するとJung-hoがバスストップから手を振っていたり、その次の日にはJayというウィスラー仲間が“今バンクーバーにいる”と電話をかけてきたり、しばらくするとアレックスが“今ロブソンストリートを歩いているんだけど”と電話をかけてきたり、そういうのはうれしいと思った。

 Jung-hoがバンクーバーに遊びにくるときにいつも滞在している“メディテーションハウス”というのがあって、食事に誘われたので行ってきた。
一人では行きたくなかったので、ちょうどその日バンクーバーに来ていたJayと居候させてもらっているケイタを道連れにした。
“メディテーション”と聞いて、怪しい宗教にでも勧誘されるのではないかと思っていたが、勧誘はされないもののセミナービデオのようなものを見せられた。

 そこでは仕事が終わった後、今日あったイヤなことを忘れるために毎晩メディテーションハウスに足を運ぶサラリーマンの紹介や、今まで私は自分に自信がもてない暗い子だったが、メディテーションをするようになってまわりのみんなに最近何だか明るくなったんじゃないかと言われるまでに変貌を遂げたという地方の個人商店に勤める20代後半の女性の話など、とびっきり胡散臭いセミナービデオを低予算でお願いしますと業者に頼んだらこういうビデオができましたというような内容で、さらに韓国語音声の英語字幕という作りから、その胡散臭さレベルはさらに高く感じられ、夕食には何がでるのだろうか、そういえば韓国語で“おいしい”は何て言うのだっただろうか、出てきた料理を一口食べたら韓国語でおいしいと言おう、もし“おいしい”の韓国語がそれまでに思い出せなかったら代わりに何と言おうか、というようなことを考えていたらビデオは終わった。
何か質問は?と聞かれ、Jayとケイタと私は即座に全員一致で“No,Nothing”と答え夕食に向かった。

 
Jayというのは韓国人だがおもしろいことに日本語が喋れる。
在日韓国人というわけではない。
日本に交換留学生で1年滞在して日本語をマスターしたのだ。
たった1年で日本語がここまで喋れて理解できるようになるのかというくらい上手い。
どうやって日本語を勉強したのかを聞いた。
ドラマをみながらのシャドーイングで日本語が一番伸びたと言っていて、ドラマを何度も見ながら声を出して同じスピードでセリフを喋る、という動作を続けるらしい。
英語の勉強も同じことをすればいいんじゃないかと聞くと、日本語より英語のほうがはるかに難しいという話だ。

 
日本語が世界で一番難しい言葉、というのは誰が言い出したのだろう。
“日本語が一番難しい”という嘘は井の中の蛙的な島国根性を象徴していると思った。
世界中にはいろんな言語があって、似たような言語というのが存在する。
以前、日本語は何語に似てるんだ?と聞かれたことがある。
“ない”と私が答えると、“可哀想に、不運だな”と言われた。
今世界で話せると有利な言語は、英語とスペイン語と中国語だ。
投資家ジムロジャースも子供ができたらスペイン語か中国語を習わせると言っている。
となると、我々日本人は子供ができたら、英語もスペイン語も中国語も習わせないといけない。
“日本語は世界で一番難しい言葉だ”などと胸を張って言っている場合ではないのである。



ж 先日銀行から電話がかかってきてクレジットカードの作成がうまくいきましたとのこと。
 日本ではすでに会社を辞めていたので留学前に作ることができなかったクレジットカード。
 やっと手に入れたクレジットカード。
 カナダに信用され受け入れられた気分でいっぱいです。

ж メディテーションセンターではMinjiという韓国人留学エージェントの社長と会った。
 実は彼女とは半年くらい前に一度会ったことがあって、久しぶりの再会だった。
 EBCに生徒をよく送っていて、前EBCに通っていたLeeなんかも彼女の生徒。
 Leeは最近新しい彼女をまた作ってどうのこうのという話なども聞いたのでした。
 
posted by da-i at 10:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

銀行へ行ったり、チケットを売ったり、YouTubeを見たり。

バンクーバー友人ケイタ邸に滞在している。
ウィスラーを出て3日ほど経った。
仕事がない日々が新鮮で体力があり余っている。


バンクーバーに来て最初にしたことは銀行に行くことだった。
クレジットカードを作ろうと思った。

クレジットカードのない海外滞在というのは不便だと常々感じていた。
実際なければないでなんとかなるのもわかったが、あったほうが絶対に楽だ。
例えば、ホテルの予約を取ろうとしてクレジットカードがないために断られることはよくあることだし、レンタルビデオの会員証さえもクレジットカードの提示を求められて拒否される。

私はずっとこっちでカードを作ることは不可能だと思って諦めていた。
が、デポジットを入れれば作れるという情報を入手したので、本当なのかどうか確かめてみたかった。

もちろん交渉は英語では不利なので大人しく日本語窓口へ足を運んだ。

窓口で、“現在働いていなくてもある程度のデポジットをおさめればクレジットカードが作れると聞いたんですが本当ですか?”というと、“どこでそれを聞いてきたんですか!?”とまず驚かれて私はそれに驚いた。
表向きにはそういう情報は出していないらしい。

詳しく条件を聞いたところ、もう一つ条件があってそれは“ビザの残りが10ヶ月以上残っていること”だった。
“え、10ヶ月ギリギリないんですけど。。。”というと“何とかやってみます”と言われて裏に連れて行かれた。

そこではかなり詳しい経歴を聞かれた。
カナダにはいつ来たのかというところから始まって、今何してるか、ウィスラーで何してたか、その前はバンクーバーでなにしてたか、日本で何してたか、これから何をするのか、学歴はどうか、仕事はどんな経歴があるか、収入はいくらだったか、というようなことを質問され結局1時間近く話をしていたような気がする。

最後は“100%作成できる保障はありませんが、申請することは可能なので何とか審査に通るように頑張ってみます”というようなことを言われ“うまいこと書いといて下さい”と言って終わった。

銀行系のカード作成は厳しいのかもしれない。
“うまくカードが作れてずっと持っててもらえれば移民の申請のときその履歴が使えますよ”と言われて“移民かぁ。。。”と思ったのでした。
今のところ移民にはあまり興味がない。

 もちろん銀行へ行く際は白のタートルネックに黒のロングコートと、しっかりフォーマルな服装で挑んだことは言うまでもない。


もう一つはチケットを売ること。
ホテルで働いていたときに当選した“バンクーバーマリオットホテル宿泊券”にはもう一つおまけがついていて、それは“ウィスラー&バンクーバー間2名様往復バスチケット”だった。
宿泊券は売らないが、チケットは現金化しようと決めていた。

早速JPカナダで募集をかけた。
どしどしメールが来て交渉を楽しませてもらった。
正直私はいくらで売れようが構わなかったが、安売りはしたくなかったし、何より交渉を楽しみたかった。
原価どのくらいのものがどの程度の値段で相手の興味をひき、どの程度の値段で買っても良いかなと思わせることができて、どの程度で即決と言わせることができるのか、みたいなことを楽しんだ。
同じ値段を提示するにしても言い方を変えるとこういうふうに相手の反応が変わるのか、など勉強させてもらった。

こういうのを嬉々としてやるのは他人にはわからない楽しみなのかもしれないと思ったりした。

結局散々楽しんだ挙句、居候させてもらっているケイタの友人に安く売った。
彼は来月奥さんがカナダに来てメキシコに帰る前に一度ウィスラーに夫婦で行きたいと行っていた。

なぜこのチケットが欲しいのか、という質問を購入希望者に聞いてみても面白かったかもしれないとあとになって思った。



さらに、ウィスラー生活と大きく違うことは、バンクーバーではインターネットがずっとつながるのだ。
前々から気になっていた“YouTube”を半日くらいかけて始めてしっかり見た。

http://www.youtube.com/watch?v=mreEeprTVXw

というような懐かしいものを発見したりして一人で興奮していた。

そして私はYouTube上の動画が欲しいと思った。
何とかダウンロードができないものかと思った。

友人に聞くと、そういうソフトがあるらしい。

早速ソフトを見つけてもらって、ダウンロードを試した。

すんなり成功した。

YouTubeもすごいと思ったし、そういうソフトが出回ってるのもすごいと思ったし、何でもありの世界じゃないかと思った。

インターネットで動画を見る際、“YouTube”の画面の大きさ、画質、などが動画の基準に今後なっていくんじゃないか、という話を聞いた。

それには私も賛成した。




ж 未だに次に何をするのかが決まらない。
  月末にはバタバタといろいろ変化があると思うのでそんなに絶望的な気分ではない。













posted by da-i at 06:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

エゴ+少しエッチ+α=人間

今バンクーバーにいる。

どこかでまだ私を見張ってるんじゃないかと思うほど素晴らしいタイミングで、バンクーバーに着いたその日に親からメールが来た。
“元気なのか?風邪ひいてないか?まだウィスラーに住んでいるのか?金はまだあるのか?”というような内容で、要は“心配してます”ということだと思う。


自分のことは自分が一番心配しているから大丈夫だ、と返信しようとして、そういうことを言うともっと心配させることになるなと気付いてやめた。
私は一人っ子なので困っていても困ってなくても心配して何でもしてくれる親なのだ。
子供の頃から小遣いが欲しいと言えばすぐに貰える環境だった。
子供ながらにそういう環境は自分にとってよくないとわかっていたのでなるべく小遣いが欲しいとは言わないようにしていた。
言えばくれるからだ。
こんなに簡単にお金が手に入っちゃいけないんじゃないかと思った。
こういう話をすると私は大金持ちの家庭に生まれたお坊ちゃんのように思うかもしれないが、現実は全く違って毎日お金のことでケンカしている両親を見ながら育った貧乏ちゃま。
お金で困ってるのに私がくれと言うとくれる両親。
親が金持ちなら毟り取ってやろうという気にもなるがそうじゃない。
例え親だろうと人間なのだから自分のことだけ考えればいいじゃないかと思う。


親子間だけじゃなくて恋愛にしても一緒で、基本的には自分のことをまず考えていればいいと思っている。
まず自分自身が輝くことに精一杯の努力を払うべきだと思う。

マネージメントやリーダーシップなんかも一緒で、マネージャーやリーダーが自分自身輝き続けることに努力を払い続けていれば自然とまわりはついてくるんじゃないだろうか。


“銀座まるかん”の斉藤一人も“エゴで少しエッチで崇高な人がいい人間”と言っている。
なぜエゴが最初にくるのかというと、自分をまず守らないといけないからだ。
自分自身さえ守れない人が他人を守れるわけがないし、自分自身さえ守れない人間が何人集まろうが結果は一緒なのだ。
小泉純一郎の評価される点は孤高を貫き通したことにある。


本当は久しぶりにまたバンクーバーに来てあらためて感じたことを書こうと思っていたが何もバンクーバーのことを書いていないことに気付いた。
多分私は何も感じていないんだと思う。



ж “あなたの日記の文章を読んでると毎日楽しくないんじゃないかと思える”と友人に言われた。
 “楽。。。しいよ。”と言葉が詰まったがちゃんと楽しい毎日を送っている。
 “楽しい”にもいろいろあって、何を楽しいと思うか本当に人それぞれだなと思うことがある。
 そんなことをして何が楽しいんだ、と思うことが多分人一倍多い私は、自分にしかわからない楽しい対象を見つける努力が必要なんだと思う。
 少なくとも“充実感”のともなわない“楽しい”は私はもう受け付けない。



posted by da-i at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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